(続)海の音

雑念のメモ

おでんのゆで卵は嫌い

新卒で入社して以来ずっと働いている会社では月に一度くらい月曜日に事業部全体の朝礼があり、ビルのほとんどの人と言っても数十人が同じ部屋に集って、朝イチで本社から中継されるテレビ朝礼に参加する義務がある。基本的に営業員向けなので売上達成や先の計画のことを各部長が報告したり、何名かいる取締役がコメントしたりする。あまり具体的に書くのもアレなのでこれくらいにしておく。
いつものように人が集まりスクリーン上で朝礼が始まった。何故かエアコンが入っていないようでクソ暑く息苦しかった。

冒頭、いつもコメントする人と違う取締役が出てきた。顔は何度か見かけたことがあるが面識はないし話したことはない。おでんに入っているゆで卵みたいな顔の人。仮にゆで卵としておく。ゆで卵は開口一番いきなり、「みなさんは週末何して過ごしましたか?」と問うた。実際に前にいる何人かに「何しましたか?」と聞いて答えさせていた。えっ、校長の話みたいでいつもの感じと違うな、仕事論でも説くのかなと思って耳を澄まして聞いていると、「なんでこんな質問したかと言いますと、仕事のあり方についてちょっと語らせていただきたいんです。みなさん、週末は趣味に没頭したり、スポーツをしたり、家族と過ごしたりしていると思います。一方で仕事をしている人もいます。何が言いたいかと言いますと、月曜から金曜日まで最高のパフォーマンスをするために週末皆さんは好きなことをしたりするんです。そう考えると週末は休みでなくて仕事だということなんです。週末で万全の態勢にして月曜日からしっかり働いてほしいんです。・・・」というようなことを言った。こうやって書き起こすと何でもないような気もするがそれを聞いて私は異常に腹が立った。

ゆで卵の持論では、人生は仕事が中心で進むものだから仕事のため会社のために全て向かっていかなければならない、という風に感じ取れた。会社だからそうなのかもしれないが、モチベーションのあり方まで勝手に決めつけ押し付けてきて私はこのおっさん何言うてんねんとムカムカした。「好きなこと」や「好きな人」は仕事のために存在するのではない。それ自体を愛し人生を色づけするためにある(私の持論)。なぜ全てが仕事を中心に自転しているような言い方をするのだろうか。ゆで卵は週末も仕事のことで頭がいっぱいなのだろうか。私の大切なものがぐちゃぐちゃに踏みにじられた気がして腹が立ったしこんな会社で働いていることが悔しかった。家族と過ごしたり、美味しい物を食べたり、友達に会ったり、好きな人のライブに行ったり、それが確かに仕事のモチベーションに繋がることもあるが、私の「大切」は仕事という目的のための手段ではない。好きなことをしたり、好きな人に会うために仕事をするという考えが彼の頭にはないのだろうか。独裁国家みたいに仕事のあり方が語られるのが嫌だった。

ゆで卵が同じ話を続けるものだから途中からミュートして俯いていた。部屋は更に暑くて、血の気が引いたのが分かり気分が悪くなってきた。中学生の時よく倒れたみたいに目の前が真っ白になって倒れそうだった。でももう少しで終わりそうだったのでハンカチで口を押えながら前に立っている女の人のスカートの柄を見ていた。ウィリアム・モリスを真似したけれど少し失敗したような、いつかテレビで観た海外のお金持ちの家にあるゴブラン織りみたいな柄をただ見つめていた。深呼吸したら加齢臭のような匂いとむわっとした温かい空気が鼻から入ってきた。吐きそうになったところで朝礼は終わった。

ふらふらで戻って席に着いたら涙が出てきそうだった。その後すぐ打ち合わせもあるので泣くのは堪えた。戻ってきた上司に「あれおかしくないですか?」と聞いたら少し頷いて苦い顔をして「あれはちょっとな」と言った。それで少し救われた。それでも午前中ずっと気分が悪く早退しようかと思った。でもゆで卵野郎に負けるのが悔しかった。小学生の時「学校に行きたくない」と母に言ったら「行っても行かなくても好きにしていいよ」と言われた。変に負けず嫌いでそう言われたら悔しくてその時は一度も学校を休まなかった。何に対してか分からないけど小さい頃から私は戦ってきた。それはきっと大切なもの、好きなものや人のためかなと出産してから気が付いた。

以上、イライラの衣良のはけ口。あーすっきりした。
この話は事実ですがあくまで全部持論です。