(続)海の音

雑念のメモ

『①④才』が好き

ZOCのメジャーデビュー後ファーストアルバム『PvP』が大好きで毎日聴いている。ものすごいボリュームなので感想を語るにはまだ聴き込みが足りない。そんな中、今一番心に引っかかっているのが『①④才』。この曲が本当に好き。曲を分析するのが正しい向き合い方ではないのは承知だが残念ながら普段在宅で音楽を楽しむ選択肢しかない生活をしているのでついあれこれ考えてしまう。

まず歌詞が好き。「機能(≠昨日)」「仮定(≠家庭)」「謝って」「誤って」など複数の意味を含む言葉選びが大森さん節というか天才的(ZOCの曲ではないが『東京と今日』の「狡い」と「狭い」を初めて聴いた時もやられた!となったり大森さんの言葉を操る才能にはいつも驚かされてばかり…)で唸らされる。SNSでは多くを語られないが、会報や連載の大森さんの文章が好きだ。言葉に対する向き合い方に嘘がなくて美しい人だなといつも思う。また、「匂いが黒いワンピース」「こびりついた嘘の正体」のように単語が直後以外にも結びつくように歌詞が作られていることで、切り刻まれた過去の記憶が断片的に取り出されているようで胸が締めつけられる。囁くように繰り返される'HAZE'が散らばった記憶を召喚する呪文みたいだ。友達とは呼べない同級生、蒸し暑い夏の外気と対照的な喫茶店の冷やかさ、そこで告げられたことを思い出しながら歩く街の喧騒、帰りの地下鉄へ続く階段…たとえばそういう情景が口から出る煙草の煙みたいに浮かんではすっと消えていく。歌詞が時間軸どおりに並んでいるとは限らないから何通りもの想像ができる。音なのに映像を観ている感覚。いや映像以上に生々しい。曲の主人公は誰かであって自分でないはずなのに、14才の女の子の五感が自分の身体に乗り移ってくる。

曲はライブで更に拡張される。幸運にもツアー初日の公演がオンラインで配信された。配信で観ただけなので実際観たらもっと違ったかもしれないが、メンバーの歌声が重なり合って「僕」の叫びとなり、ステージ上に撒かれた煙と光の奥からじわりじわりと共鳴し、り子さんの振り付けで更に生を帯びて客席へ向けて解き放たれていた。14才に一番近い年齢の鎮目さんと他のメンバーの声の対比が同じ一人の少女の過去と現在を見せられているような感覚にさせる。

この曲を聴いていると息苦しくなり逃げたくなる。なのに聴き終わるとまた聴きたくなる。いつまでも目の前をまとわりつく煙霧から這い出したいから。僕から希望を奪った人(=親だとはっきり書かれていないのがこの曲の好きなところ)に謝罪してもらって赦すためでも失った歴史をとり返すためでもなく、まだ終わりにできないこの先を生き続けるための叫び。こちらが想像する音楽の領域を超えた先の芸術を大森さんはいつも作ろうとされ、それをメンバー一人一人がそれぞれのやり方で噛み砕いて昇華させ色彩を与える。あまりにも美しい。この曲が聴けてよかった。大切な曲がまたひとつできた。いつかライブで観られる機会が訪れますように。