(続)海の音

雑念のメモ

「超歌手大森靖子MUTEKI弾き語りツアー」ファイナル(2018.1.20 )@中野サンプラザの記録

感想のつもりで書き始めたが自分の感じたことや気持ちを中心に綴っているうちにセルフインタビューのようになってしまったため、もしこれを読んでみようという稀有な方がいたらレポートというよりは後で私が見返すためだけの個人的な記録だと思ってほしい。自分で言うのも何だが長すぎる上に読み辛い。何が言いたいのかよく分からない。セットリスト以外は全部記憶を頼りに書いているので事実と相違する点もあるかもしれないがその辺りはどうか気にしないでほしい。

 

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我が家の冷蔵庫にはアンパンマンのマグネットでボロボロになった「超歌手大森靖子MUTEKI弾語りツアー」のA4のチラシ(裏はアルバムMUTEKIの案内)が一枚貼ってある。なぜボロボロかというとチラシの大森さんに反応して息子が何度も外してしまうからである。大森さんの字でツアーの日程と行き先が書かれたそのチラシが毎日ほとんど無意識に目に入っていた。生活の延長にライブがあると思っているから、なるべく生活に紛れ込ませたかった。それから、会社の無機質な卓上カレンダーにもまるで出張の予定のように「大阪」「須崎」と自分が行くものも行かないものも全公演の地名を書き込んだ。出張なんてないのに。これはツアーが始まる前の儀式のようなものだ。いつもやっている。アナログ人間なのか未だに予定をiphoneで管理することができないし、好きなものは目の前に貼ったり置いたりしてしまう。チラシには最後の「中野サンプラザホール」の右横に「FINAL」と書かれ雲のように囲われている。その大森さんの可愛い手書き文字を何度見つめたか分からない。


今回のツアーは「超歌手大森靖子MUTEKI弾語りツアー」のタイトル通り、大森さんがたった一人でギターを携えて各地をまわられるというものだ。正確には一人でなく相棒のナナちゃん、カメラマンの二宮さん、美マネさんも一緒だ。弾き語りとバンド、どちらが好きという問題ではないのだが、大森さんのギターの音とギターを弾く姿が好きなのでツアーでは初めて東京以外の二か所でチケットをおさえた。誤解を招いてはいけないので記しておくと、「大森靖子はやっぱり弾語りだよな」という感情はなく、大森さんを聴くまでライブというものに一度も行ったことがなかった(いや正しくは中学生の時に一度だけ宇多田ヒカルのライブに親同伴で行ったがそれ以外は本当に学祭含めて一度もない)私にとって、スタンディングのライブ自体に慣れていないのかもしれない。バンドは弾語りとは全く別の魅力があるし何度か行くうちに音に乗ったりペンライトを振ることにも慣れてきたがやはりどうしていいかわからない時もあるから体力が続く限りもっと通ってみたいとは思っている。また、大森さんの歌を初めて生で聴いて身体の内側から内臓と血が全部飛び出してしまいそうなくらいの衝撃を受けたのがリリースイベントだったので、特に弾語りに思い入れがあるのかもしれない。
東京以外の二か所のライブについては下記のとおり。ツイッターで感想を書く手段が最適か分からないが、一番鮮度がある気がする。

*別府公演の感想


*大阪公演の感想

MUTEKI弾き語りツアー 大阪公演(2017.12.22) - (続)海の音

大阪公演はずっと行きたかった会場だったこともありとにかくそこにいるのが嬉しかったがそれが年内最後の大森さんのライブだったため、そういう意識と共にライブの美しい光景が脳裏にずっと焼き付いている。

大阪公演が終わってから、実験室にもハイパーカウントダウンにも年始のライブにも行く予定のなかった(行けなかった)私は完全にファイナルモードに切り替わった。年末年始の良い意味でも悪い意味でも飲み込まれるような慌ただしさが過ぎると心は先に中央線に乗って中野に向かってしまった。だからファイナルの前のいくつかの公演の動画や感想はほとんどみていない(未だに何となく観れていない)。松山も須崎も名古屋も死ぬほど行きたくて秋頃から何度もYahoo路線検索でルート確認はしていたけれど。というか全ての会場でそれをしていた。行くつもりになるだけでも嬉しかったから。そんな感じで迎えたファイナル。ライブの前日はこのツアーの意味を考えるなどしてだいぶ昂っていた。

 

 

何が待ち受けているのかわくわくするような、ツアーが終わってしまうのが悲しいような複雑な感情が混ぜこぜになり上記のようなやや暴走気味の思考を巡らせていた。それでも気持ちが溢れて続けたので久々に大森さんに手紙を書いた(当日持って行けなくてまだ渡せていない)。

また、2015年4月26日に中野サンプラザで行われた「ナナちゃんとイくラブラブ洗脳ツアー『最終公演』」に私は行っていない。息子が生まれたばかりで、出産前から休んでいる仕事へ復帰できるのかという不安や保育園入園のことで頭がいっぱいで、大森さんどころか全ての「好き」から一旦距離を置いていた。初めての子育ては予想以上に体力勝負(「24時間営業のブラック企業」と例えた人がいたが本当にそんな感じ)で、食べて寝ることも当たり前にできず、自分の選んだ道だから大変だと声を上げるのも許されない気がして、外の世界から完全に隔離されて激しい孤独感に苛まれていた。それは数年でなくなるから大丈夫と今だから言えるわけだけれども。


ファイナル当日は朝から病院に行ったり準備をしたり何かと慌ただしかったため、前日のように色々なことを考える余裕もなく時間が過ぎた。前物販にも間に合わず、友人にグッズを購入してもらった。好きな人に会うのだから早めに会場付近に到着して開始時間まで美味しいものを食べたりゆったり過ごしたいなといつも思うのだがお決まりのように忙しない。いつも駅まで走っている。そんな感じでぎりぎりに家を出発し、開演30分前に中野駅に到着した。駅に着いたことに安堵した途端、激しい空腹感を覚えた。ちょうど良いことに駅前におやき屋さんがあったのでチーズと餡入のおやきを買い、行儀が悪いがこれを頬張りながらサンプラザまで歩いた。時間が迫っていたのでサンプラザの前にいる人は少なかった。おやきを口に押し込んですっかり暗くなった空を眺めると眩いサンプラザがぽーっと建っていて「おおおお!!きた!!!!」と一人で興奮した。中に入るとかなりいい時間で、ライブ中に席を立つようなことがあってはいけないと御手洗に慌てて駆け込んだ。


ようやく会場に入ると隅々までお客さんがびっしりいる光景に圧倒された。想像以上だった。急いで座席に向かっていると大森さんの声が聞こえて頭が混乱した。もう始まっているのかと動揺したが後から「裏アナ」だったことが分かった。席に着くことに必死だったため残念ながらこのアナウンスはほとんど聞けていない。座席に着いたらステージがあまりに近くて緊張してきた。後ろを振り返ると2階まで人人人。知っている人の顔が見当たらなかったのでそれだけ広い会場なのだなとまた実感した。ドキドキしていたらすぐに会場が暗くなり「わ、ついに始まるぞー」と自分の中の小人達がざわざわした。


他の場所でのツアーのように大森さんがすぐに登場されるかと思っていたら、風が吹き荒れているような嵐のような不思議な音が暗闇から聞こえてきた。弾き語りでこんなのは初めてだったので「これは違うぞ、今日はものすごいものが待っている」と確信した。kitixxxgaiaツアーでSE「カルミナ・ブラーナ」を聴いた時も感情が昂ったがそれとも違った。聞こえてくる音は虚無の中でこれから何かが誕生するような、荒地で誰かが来るのを一人で待っているような音だった。後々考えたら楳図かずおの『14歳』で大統領が地球の果てでチキン・ジョージ博士を待っているシーンに似ているかもしれないと思った。もう自分がサンプラザの座席にいるという意識があまりなかった。真っ暗な宇宙空間に放り出されてたった一人で浮遊しているような感覚だった。寂しいけどこれから強くて優しい人が来て救ってくれる。それは大森靖子さん。


となっていたら、目が暗闇に慣れてきたのもあり、大森さんらしき人の姿が中央に現れてピアノの前に座られたのが何となく見えた。視界はぼんやりしていたが白くて美しかった。あまりにも白かったので最初、kitixxxgaiaツアーの衣装(keisuke kandaの衣装)かなと思った。そのまま最初の曲『M』が始まった。この辺りははっきり記憶していないのだが、確か曲の途中でスポットライトが徐々に点灯して大森さんの姿がはっきり見えるようになった。「あーーーっっ背中!白いのは背中!そして衣装!あああーるるむう!可愛い!美しい!あああー」と心の中で絶叫した。大森さんの肌の綺麗さは言うまでもないが、背中が衣装に見えるほど白く発光していた。ピアノが最初だったのを考慮されて縷縷夢兎の東佳苗さんがこのように背中の美しさを際立たせるドレスを制作されたとすると舞台演出(という言い方も嫌だが)としてはこれ以上ないなと後から考えた。縷縷夢兎の衣装は背中が開いているものが多いが、私服の衣装の時は首元が詰まっていて肌の露出が少ないもの(それはそれでとても好き)が最近多かった印象だったので久しぶりに見る大森さんの背中にものすごくドキドキした。ピアノ弾き語りはこのツアーでは初めて観られたし、生で観るのは幼稚園での演奏を除くと2017年4月の「大森靖子の京都旅行」以来だったのでただその場にいられることが嬉しかった。


照明は最低限で、天から降りてきた一筋の光が大森さんを照らしているような感じだった。会場はまだ暗かったのでピアノを弾いて歌っている大森さんとその背中を見つめている自分しかここにはいないという感じがすごくした。実際には二千人もいるのだからすごい。二千人がそれぞれの宇宙空間に浮かんで発光する大森さんと一対一で対面している、そんな感じだったのかもしれない。もう孤独ではなかった。


ピアノのセットリスト


M
KITTY’S BLUES
夏果て
キラキラ
POSITIVE STRESS
オリオン座


前はそうでもなかった気がするのに最近大森さんのライブに行くと酷く泣いてしまう。日常生活で大きな問題を抱えており、ずっと負の領域に鎖で繋がれているからかもしれない。負に溺れた精神や身体と美しい音をまぐわせてお決まりのように泣いてしまう自分が嫌で、今日はできるだけ泣くのを我慢しようと思っていた。が、無理だった。大森さんが『M』を歌い出すと泣くとか泣かないとか考える前に涙が溢れ出た。昨年映画上映後のサイン会で戸田真琴さんと会った時のことを思い出したり、大森さんと戸田さんがこれまで交わしたであろう会話や手紙が大森さんの後ろに投影されて見えるようだった。真っ暗だからこそ色々なものが見えてそれが自分の中の濁った何かと化学反応を起こし身体の内側から涙として排出された。これはいつもそうなのだが、涙と一緒に血や内臓もあらゆるものが体内から飛び出ていくような感覚もあった。会場のあちこちからすすり泣きが聴こえてきて、時々スマホの撮影ボタンを押す音も聞こえ、この時初めてあぁ他のお客さんもいるという実感が戻ってきた。寂しいけど孤独ではない音だった。


それから大森さんはこちらを振り向くこともなく『KITTY’S BLUES』、『夏果て』、『キラキラ』を歌った。『KITTY’S BLUES』はいつもと違うピアノの音だった。残念なことにピアノを弾けないのではっきりしたことは分からないが、音がいつもより半音(?)下がっているような気がした。確認できていないが、今回のツアーではずっとそうだったのだろうか。もし分かる人がいたら聞いてみたい。それによりいつもより内側に向いた曲に聞こえた。最後の「HELLO 馬鹿女 KITTY」も言い放つような感じでなく、ずぶっと6Bの鉛筆で突き刺すような感じだった。それから『夏果て』。泣いていた。『夏果て』を聴くと世の中に溢れる色々な悲しいニュースを思い出す。真夏のぎらぎらとした外の世界から遮断された暗くて蒸しかえるような部屋。男の気持ち。少女の気持ち。大森さんんはまるで演劇のように一つ一つの歌詞を切り取るように歌われていた。怒りとか哀しみとか憎しみとか愛とか、ねっとり溶けて混ざったものが暗闇の中に見えた。『キラキラ』でもずっと泣いていた。私の「生き甲斐」って何だろうって考えていた。


『キラキラ』が終わると大森さんはスマホに触れ画面を表示させた。それから両手首をぶらぶらと外側に振った。今までにかかった手首の負担をリセットするような、気合を入れるような感じで。何か普段あまりやらない曲をやるのかなと思った。突然鳴り響く『POSITIVE STRESS』の力強く早い伴奏。ああああーと何か考える前にもう泣いていた。あの伴奏を思い出しただけで涙が出る。大森靖子さんはライブの前日、下記のようにツイートされていた。小室哲哉さんの会見を受けてかどうかは分からないが。


私は小室さんの会見をちゃんと観ていないし、会見の元となった行為の正当性については判断できないししたくないが、それが音楽を辞めることに結び付いている(というより結び付けられている)のはどうも理解し難かった。「ぼくら」が大森さんと私達なのか、大森さんと他の音楽家なのかそれは分からないが、音楽あるいは全ての芸術は誰にでも平等に開かれていてそれらを生み出したり受け取る行為は自分以外の誰かに奪われたり邪魔されるものではない、と大森さんは小室さんと同じ芸術を生む側または私達と同じ享受する側両方の立場で憤り悲しんでいるように私は感じ取った。初めてピアノ弾き語りで披露された、また私にとって初めて生で聴いた『POSITIVE STRESS』は前日のツイートのように怒ったり悲しんだりしているような、それでいてまだフィールドに立ち続ける超歌手として音楽に対する意思をはっきり表明するような、もう二度と聴けないであろうものだった。これを今日ここで聴くことができてよかったなと終演後もずっと思っていた。後のMCで大森さんは「小室さんは「私は私よ」という歌詞は自分には書けないとおっしゃってくださったけれどそこは他の歌詞と違って何も考えずに出てきた歌詞だったのでそう言っていただけて嬉しかった」(MCは記憶に基づくので一字一句同じではない)とおっしゃっていた。それを聞くと「私は私よ」という歌詞は「音楽は誰のものでもなく私のものだしあなたたちのものだ」とこれまでやってきた音楽やこれから関わる全ての音楽に対しての大森さんの叫びのように思えた。


それから『オリオン座』。大森さんはこの曲の途中でピアノ演奏を辞めハミングバードを抱えた。『オリオン座』でのピアノからギターへの移動は福岡公演の動画で見た気がした(ピアノから立ち上がる時の大森さんは最高に格好良かった)が、当然動画で観た時と同じ動きではなく、実際に観るとものすごく興奮した。曲の途中でピアノからギターへ移るのを見たのはもしかしたら初めてかもしれない。特にギターを手にしてストラップを背にかけるところ、ストラップがぐるんとまわって背負っていたギターが身体の前に来るところが「戦士」への変身のようだった。たった一人でステージに立ちギター一本で敵に立ち向かう「音楽戦士、超歌手・大森靖子」という感じだった。大森さんも「さぁいくよ」という表情をされているように見えた。だから私も戦隊の一員になった気持ちで姿勢を正した。武器はないけど音はある。敵が何かは人によって違うと思うけれど。大森さんの背景で暗闇に浮かぶ星が綺麗だった。オリオン座を描く大森さんの指先。


ギターに持ち替えてステージ中央に立たれた大森さんは、ツアー中何度か歌われていた『東京と今日』と『死神』を歌われた。この2曲が本当に好きだ。どういうところが好きかここに書くと長くなるので改めてまとめたいと思う。『東京と今日』は東京都とコラボして作られたと聞いている。私が初めて聴いたのは12月22日に千日前ユニバースで行われた大阪公演だった。「東京に住むこと、東京で生きること」について大森さんの視点で広い空に向かって伸びていくように歌われていて本当に好きな曲だ。自分が上京者として東京に住んでいるからこそ感じるものがあるのかもしれない。


『死神』を初めて聴いたのは確か10月の続・実験室だったと記憶している。その時は壁際のソファ席から観ていて、可愛い子が横でカレーを食べていた。始まった時、あれ、知らない曲だなぁと思ったが涙が止まらなくて、「いつか男とか女とか関係なくなるくらいに愛し合おうよ」という歌詞がずっと頭から消えなかった。今回で聴くのは4回目だったが回数を重ねるうちに歌詞がだんだん脳に染みこんで刻まれていくのが分かった。今やリリース前にYou tubeや何かで音楽が無料で聴ける機会が増えたが、歌詞も発表されていないリリース前の曲をこうやって生で何度も聴けるのはとても贅沢だし、曖昧だった歌詞やメロディが自分の五感だけで輪郭を帯びていく感覚がたまらない。意識的にセトリに組んでくださった大森さんに感謝したい。


それから『TOKYO BLACK HOLE』。この『東京と今日』『死神』の後に続く『TOKYO BLACK HOLE』。この曲は仕事復帰をして不安だった時に毎朝一番に聴いて自分に寄り添ってくれた曲だ。「透明な銃放つ自由」のところで大森さんと目が合って笑ってくれた。気のせいかもしれないし他の人に向けた笑顔だったのかもしれないが例えそうであっても自分が目が合ったと思う(思い込む)ことが嬉しい。


ギターのセットリスト(前半)


東京と今日
死神
TOKYO BLACK HOLE
マジックミラー
流星ヘブン
LADY BABY BLUE
みっくしゅじゅーちゅ
<MC>
愛してる.com(いいね)
絶対彼女
剃刀ガール(リクエスト) 
chu chu プリン(リクエスト)


『TOKYO BLACK HOLE』から『マジックミラー』『流星ヘブン』と大森さんとファンの関係について歌う曲が続いた。私は最近ずっと大森さんと自分の関係がどうあるべきかについて考えている。まだ明確な答えは出ていないけど「大森さんが自由に歌い、私はそれをできる限り受け取って生きるためのエネルギーに変換する、それを続けること」が自分がファンとしてできることなのかなとこのツアー中思うようになった。他の会場でどうだったか覚えていないが、『LADY BABY BLUE』と『みっくしゅじゅーちゅ』が続いているのはいいなと思った。やがて消えてしまう「若さ」のひりひりした感じとか瑞々しさとか愛おしさをもっと大事にしておけばよかったと思って苦しくなる。この会場内であの二人も観ているのかなと考えた。『みっくしゅじゅーちゅ』の一番を歌い終えた大森さんは「スカートがずれたのでそれをずり上げてから二番歌いまーす」と明るく言った。おそらく、この日初めて観客に向けて話した。会場から笑い声が聞こえて空気が変わった。こういうところが大森さんらしくていいなぁと思った。ものすごく張りつめた空気と一緒にファミレスにいるような空気を一度に出せる人。「必死に食らいついてきてもいいし笑って聴いてくれてもいいんだよ」と言われているような気持ちになった。その後はMCだったのでこの一言が導入だったのかもしれない。急に高速道路から一般道路に降りてスピード感に戸惑うように突然MCに入るより心の準備が出来易いというか。突然MCになるのももちろん好きだけど。


MCはこの会場規模とは思えないほどいつもの実験室と変わらない感じだった。よく大きな会場だとそれに合わせたMCをする歌手がいる(かもしれない)が、そうではなくちゃんと話したいことを話してくれている感じ。大森さんのトークは聞いているだけで面白いのでずっとにやにやしていた。印象に残っているのはSNSの「いいね」についての話。大森さんは大好きな道重さゆみさんのインスタグラムの投稿には漏れなく「いいね」をしているが気持ちが「いいね」では説明しきれないから「いいね」という軽くも取れるクリック一つで済ませてよいものか悩むというような話だった。私が大森さんの投稿に対して感じていることと同じだった。大森さんのツイートやインスタは全部見ているが「いいね」は押したり押さなかったりしている。毎朝のおはようツイートも何度も読み返したり救われているが「いいね」は押さないこともある。押さないからといって「良い」と思ってないわけでなく、たとえばこの気持ちは「いいね」で済ますには大きすぎると思った時は押さないでいる。それは大森さんに限らず誰の投稿でもそうなのだが、他の人だと深く考え過ぎず素直な気持ちで押せるのに対し、好きな大森さんだとここで「いいね」を押すか押さないかでそれが意思表示に繋がってどう思われるだろうか、大森さんはこの投稿に「いいね」をされることを本当に望んでいるだろうか、ということまでいちいち考えてしまう。実際38万人以上フォロアーのいる大森さんが自分の投稿についた「いいね」を全部チェックされているとは思わないが、あくまで気持ちの問題というか好きな人だからこそ余計なことを考えてしまうのである。そもそも「いいね」という響きが何だか投げやりな感じで嫌なので「共感します」だったらいいのにと個人的には思う。そんなファン側の気持ちに立った発言をしてくださったので嬉しかった。大森さんが道重さゆみさんのオタクだからこそ私達の視点を分かってくださるのを度々感じる。この時のMCを把握されているのか定かでないが、道重さんがその後のインスタグラムの投稿と共に「いいねできるね」とコメントされていてそれを大森さんが私信だと捉えられていたのが可愛かった。


「いいね」の話の後、大森さんはこれから歌う『愛してる.com』の合間に「いいね」という声かけをするようファンに呼びかけた。この「いいね」コールは名古屋公演のセットリストでも見かけたような気がするが初めてだったので楽しかった。観客席から聞こえる「いいね」に一体感がなく声もまばらで、慣れない流行りの歌をカラオケで頑張って歌う会社のおじさん(自分も含めて)という感じでいいなと思った。


その後『絶対彼女』でいつものようにお客さんにソロパートを与えた。「女子」「男子」「ハゲ」「眼鏡」「ヤリマン」「処女」「おまいつ」「初めて来た人」・・色々だった。「ハゲ」パートは二回あったが歌う時にちゃんと帽子を取っている人がいて愛だなと思った。「おまいつ」の意味が分からなくて後で調べたら「お前いつもいるな」というオタク用語だと知った。いつもいる分けではないが気持ちの上ではいつもいるから歌えばよかったな。歌い終わった後(多分)、大森さんは観客に向けて話した。「この曲は女の子の立場に立って作った曲だったけれど、男の子から男の子の曲はないのかと言われた、別の立場の人にも同じように言われる、そうしていくうちに色々な立場に立った歌を作るようになった。だから私の全ての曲に共感して欲しいと思っているわけではない。そんな人いるわけない。今は話すのは人間だけだから人間のことだけ歌っていればいいが将来的に虫が意思を持つようになったら虫の立場に立った歌も歌いたいと思っている。」とやや冗談めかして話された後、虫になりきって高い声で「虫のことも忘れないで~」(記憶が曖昧)と言った。可愛かったしお客さんも喜んでいた。ここで私はまた楳図かずおの『14歳』を思い出した。ラストの近未来かパラレルワールドで鳥が人間のように意思を持って話していた。大森さんは可愛くて話は面白かったがこの言葉はあながち冗談ではなく、もし人間以外のロボットや虫が意思を持って話すようになったら大森さんは本当に曲を作りそうだなと思った。あらゆる人の立場を漏れなく掬い取って曲にして歌う大森さんにこちらはどう応じるか、課題だなと思っている。


ファンに「最近あった嫌なこと」を聞き話したいファンが挙手をして話したり、大森さんがギターの伴奏をしてファンの女の子がマイクで『剃刀ガール』を歌うなどの時間があった。こういうファンとの交流を中野サンプラザのような広い会場でもやるところが大森さんらしいなとまた思った。会場がどこであれ大森さんは自分の音楽を全うする。だけどそれは破天荒という意味ではない。気遣いがすごい。この会場規模で観客がお手洗いに出るタイミングまで心配した歌手は他にいないのではと思う。それから、大森さんは客席まで行きファンの一人と交代で席に座られてリクエストの『chu chu プリン』を歌った。この曲はスターダストのアイドル3B juniorの雨宮かのんさんへの提供曲で私はラジオなどで何度か聴いたことがあったが初めて生で聴いた。サンプラザとは思えないことが起こり続けて最初の暗闇が遠い過去だったかのように今や暖かい空気に包まれていた。このファンとの交流を「馴れ合い」だと感じ着いて行けないと思う人も中にはいるかもしれないし、もしそれが大森さんを偏見視する原因になったら悲しいなとは思うが、音楽の演奏というものは本来聴き手あってのものだと思うし、ツイッターのDMを解放されるなど大森さんはファンとの距離感を何より大切にされている。この辺りは言葉で説明するのが難しい。


ここまででナナちゃんのことを書くのを忘れていたことに気付いた。ナナちゃんは大森さんの相棒の白いクマのぬいぐるみで、相川七瀬の「七」が名前の由来だ。大森さんのライブにはほとんど同行し出演している。ナナちゃんには熱狂的なファンがいて、ナナオタやナナ担と呼ばれている。グッズや大森さんのイラストに度々描かれ大森さんの相棒かつシンボル的存在となっている。なぜ今解説し始めたのか自分でも分からないが、ナナちゃんについて語るのは簡単でないと思っているので、卒論が書けそうなくらい持論はあるがこれ以上は辞めておく。とにかくナナちゃんは今回のMUTEKIツアー全てに同行し、その可愛さでファンを喜ばせた。このツアーはライブ中の写真撮影は禁止だったがライブ前後に会場を撮るのは禁止されていなかったので、若い女の子を中心にナナちゃんの写真を撮ろうとしている人をたくさん見かけたし若い女の子ではないが私も撮った。それをどこかにアップするかどうかに関わらず、私はナナちゃんを撮ることがどうやら好きらしいとある時気が付いた。その時々によって体勢が違うし、同じ体勢でも見る角度や光や影の具合によって表情が全く異なる。撮った写真を後から見返すと、ナナちゃんの表情には大森さんの心情が反映されているような気がする。ナナちゃんはぬいぐるみなので動かないと思っている人がいたら福岡公演の動画を観て欲しい。ナナちゃんは大森さんと同様に縷縷夢兎の東さんによる衣装を着ているが、今回のサンプラザ公演でこれまで着ていたものから新しいものへ衣装が変わった。細部の変化を除くと、洋服ごと着替えたのはおそらく今回が初めてだと思う。MCの途中だったと思うが途中でナナちゃんが舞台袖から消えてまた出てきたと思ったら新しい衣装に変わっていた。前よりも濃いピンクの、肩の部分が印象的な衣装だった。衣装替えに一瞬戸惑ったが大森さんとの歴史を刻んできたナナちゃんは新しいピンクを纏って誇らしげな澄んだ表情でホールを見渡していた。


MCやファンとの交流タイムを経て、後半(という区切りはないが私が思っただけ)へ。大森さんが話す声をたくさん聴いて心地よくなっていた暖かい空気がここでまたがらっと変わった。でも今度は冷たくなく、熱くて強い空気だった。『アナログシンコペーション』はアルバム『kitixxxgaia』の最後の曲だが、人と人がコミュニケーションを取ることの難しさについてこれほど共感できる歌は他にないと個人的に思っている。実際に仕事やプライベートで誰かとうまく折り合わない度に何度も縋るように聴いた。歌い出しの「このステージ」とはああこのステージだなと色々考えた。


ここでもう一つ記していないことがあって、それは青柳カヲルさんによる舞台美術だ。ギター弾き語りになった時から大森さんの後ろに何か絵があるぞと気付いた(開演の時はぎりぎりに着席したので全然気付かなかった)。それがライトアップされた時、青柳さんの絵だと一目で感じた。円形の何かが大森さんの後ろにかかった大きなタペストリーに描かれていた。精密機械のようで、夜の大都会のようで、花火のようで、臓器のようだった。何とは一見で断言できるものではなく、見た瞬間、わぁすごい感動というよりは思考が停止してあらゆる気がそこへ吸い寄せられていくような絵だった。口を開けて私はそれを眺めた。歌っている大森さんも観たいし絵も観たいしで眼や神経が忙しかった。それが『音楽を捨てよ、そして音楽へ』の「抽象的なミュージック止めて」でぱっと発光して違う絵に変わった瞬間、寒気がした。後に大森さんの説明で「魔法陣」であると知ったが、見たときは何に変わったか判断できなかった。曼荼羅のような万華鏡のような宮殿のような宇宙のような、何か壮大なもののようにその時は感じた。この作品については正直まだ分からないことが多いので、もしもう一度観られる機会があれば嬉しいし、直接見るのとは受け取るものが違うかもしれないが画像を拡大して一つ一つ描かれている線を観察していきたい。オリオン座のCDジャケットの時もグッズの意識高いTやランドマップの時も、青柳さんの作品を線の単位でじっと眺めて自分だけ(だと思い込んでいる)の秘密を発見してそっと胸にしまっておくのが好きだ。


ギターの前半は、住むことや働くこと、大人になること、人との関係など、何となく個々人に従属する感情や思想について歌った曲が多かった気がするし「大森さんと私だけ」という気持ちで聴いていたが、絵が変わった後、『音楽を捨てよ、そして音楽へ』から、大森さんの歌う世界はそれまでの個々のものからぶわっと拡張され「音楽とは芸術とは何か」というテーマを観客に投げかけ始めたように感じた。


セットリスト(後半~終)
アナログシンコペーション
音楽を捨てよ、そして音楽へ
SHINPIN
サイレントマジョリティ
ワンダフルワールドエンド
最終公演
PINK
魔法が使えないなら
<アンコール>
お茶碗
ミッドナイト清純異性交遊

 

『音楽を捨てよ、そして音楽へ』は私が初めて聴いた大森さんのアルバム『魔法が使えないなら死にたい』に収録されていて、始めてCDで聴いた時はこんな曲が世の中に存在したのか、と混乱した。前述のように、それまで音楽から遠いところで生きてきた私を音楽の世界に初めて呼んでくれた曲。大森さんを好きな人が邦楽や洋楽色々な音楽に詳しいのをよく見聞きするが、周りが呆れるくらい私は音楽を知らなかったし今も知らない。長くなるので割愛するがあるトラウマがあり、音楽を日常的に聴いたりライブに行った経験が全くなかったしCDを買うこともほとんどなかった。音楽が嫌いだったわけではなく、聴いても何も感じなかった。昔の歌手は何人か聴いたが今の時代に生きている人でこの人が好きという人がいなかった(モーニング娘。は9期をきっかけに唯一好きになったがこの人という一人を追うことはなかったしライブにも行けなかった)。音楽番組を観てもわくわくしなかった。そんな私を家族や恋人は音楽に興味がないなんておかしい変だと言った。それを変えたのが大森靖子さんだった。『音楽を捨てよ、そして音楽へ』の「邦楽洋楽夢のよう」という歌詞を聴いた時、そうだな邦楽も洋楽も自分にとっては夢の世界で作られているようだったな解釈した。この曲はもしかして音楽を否定して肯定しているのか、なんだろうこの曲は、なんだろうこの人は、もしかすると私が信じてきたものと違う音楽が存在するのかな、と音楽に対する価値観がぐらぐら揺らぎ始めた。それで3年前、ずっと閉ざされていた扉をこじ開けて、この曲を歌う人に着いて行ってみようかなと思った。途中で着いて行けなかったらその時は辞めようと思った。それからライブへ足を運ぶのにはまた時間がかかるわけだが。そんな風に大森さんとの出会いのことを考えて気が遠くなっていたので『音楽を捨てよ、そして音楽へ』の後は確かにちゃんと聴いてはいたが何を感じたかよく覚えていない。大変失礼な話だが、記録なので正直に書いておく。


『ワンダフルワールドエンド』の途中ではっと意識が戻ってそれと同時に動画を撮らなくてはという衝動が突然湧き、スマホを起動し撮影開始のボタンを押した。タイミングを全く意識しなかったが後で見たら『ワンダフルワールドエンド』の終りかけという妙なタイミングで撮影開始していた。それで『最終公演』の伴奏が始まった。ずっと聴きたい曲だったし大阪でも大分でも聴かなかったからドキリとした(ツアー中一度も歌われていなかったことを後で知った)。大森さんが曲の順番を予め決めていたか分からないが『ワンダフルワールドエンド』から『最終公演』の流れの、ギターの音がとてもよかった。どうよかったか説明する知識が私にはないのだが、すっと水が流れるように移った感じだった。それから、大森さんが小さな声で「最終公演」と曲名を言い放った時のカッコよさはこの日一番だったと私は思っている。その一言で「今日がツアーの最後なんだな」と改めて感じた。


『PINK』の台詞部分がいつもと違うように感じた。残念ながら一字一句書き起こせないが、大森さんが今の胸の中にあるものを客席一人一人に向けて吐血あるいは嘔吐しているような感じだった。私はその返り血を浴びた。浴びていると、このライブ中というかツアー中に自分の身体から抜けて出て行ったものが戻って来るような感覚がじわじわしてきた。でもそれは出た時と同じ温度ではなかった。曖昧な表現で分かりにくいが、一度大森さんの中に潜って体内清浄された感じというか。もちろんまだ汚いところは残っているけど部分的に洗われていたり粘土のように捏ね直されたような。名古屋公演でも台詞部分が音源とは違ったようだけどきっと同じではないだろう。『PINK』はアルバム『MUTEKI』に入れてほしかったが入っていなかった。この曲に関してはライブでやりたい(推測)など大森さんが考えていることがあるのかもしれない。だから私は変化する『PINK』を可能な限り自分の足を運んで聴き続けたい。


『魔法が使えないなら』で「音楽とは何だろう」と魔法陣を見つめながらぐるぐる頭を巡らせていた。曲が終わると真っ暗になったが終わったという実感が全くなく拍手ができなかった。周りもそんな感じだったのか拍手の音が聞こえなかった。すると大森さんが自分で曲が終わってからあまり間を置かずに「アンコール!アンコール!」と言ったため、やっと終わりだったことに気付いた。すぐに明るくなり大森さんが「ペンライトを使いたいのでこの曲を」と言い始まった『ミッドナイト清純異性交遊』。前の方だったので無数のピンク色の光が会場中に浮かぶ光景は見られなかったが後方から観たらきっと美しかっただろうなと自分や周りのピンク色を眺めて感じていた。


最後はおなじみの一斉リクエストの後、二宮さんのリクエストで『お茶碗』。このやり取りは別府でも大阪でも見たが、本当に好きな光景で何度でも観たい。大森さんと二宮さんの信頼関係や大森さんの二宮さんへの愛を想像して心がぎゅっと絞られるような気持ちになる。座席の位置的に、開始からずっとステージの下で二宮さんが大森さんを撮影する様子が目に入っていた。二宮さんの普段のぼんやりした(失礼)感じとは違ってそのカメラの構え方はミリ単位で調整されているように感じた。当たり前だがプロだなと思った。観客席に私がいて、ステージの下に二宮さんがいて、スタッフさんがいて、ステージ上に大森さんがいて、ナナちゃんがいて、その後ろに魔法陣があって、その後ろに音楽そのものがあって、あらゆるものが結集して大森靖子という一人の人になっている感じだった。その一人と私が向き合っている。

 

終演して大森さんがステージから去った後、私はスマホを握りしめて新衣装を召したナナちゃんのところへ走って行った。普段ライブ後はしばらくぼーっと座ったままでいることが多いのでよく動いたなと自分でも思っている。それも何かが体内に回帰したからかもしれない。近くで見るナナちゃんは迫力があり、魔法陣を背負って近未来からきた救世主という感じだった。床の魔法陣にその時初めて気が付いた。何枚か写真を撮り、もっと見つめていたかったがナナちゃんは人気があるから他の人の邪魔になってはいけないと急いで退散した。


荷物をまとめた後、恐らく見切れるからという理由でチケット番号が与えられず空席にされていた前方右側の座席が縷縷夢兎の臓物やぬいぐるみで飾られているのを見学した。生で見たのは初めてだったので、これがあの臓物かと感動した。写真が上手く撮れそうになかったので出来る限り目に焼き付けた。大森さんの身体から飛び出た吐瀉物(臓物やぬいぐるみ)が座席に零れてかかっているような気がした。私はその一部を食べてまた明日から生きるんだなと思った。訳が分からないし的確な表現と言えないかもしれないがあくまで個人的な感覚の話である。


会場を出たらこの日会いたいと思っていた数人に偶然会うことができ、この会場規模でも会いたいと思えば会えるものだなぁとしみじみ考えて嬉しくなった(会えなかった人もいるけど)。ロビーのお花を見学した後、チケットを最初に見せた場所でチラシを受け取った。次のツアーの案内だった。ツアーの場所を見た瞬間、個人的な理由で取り乱して一瞬ライブの記憶が飛んだ。夢が現実になる予告がそこに書かれていた。周りにいた人には迷惑をかけただろうなと反省している。その嬉しさは自分だけのものだからそっと包み込むべきなのに抑えきれず撒き散らてしまってすみません、の気持ち。


寒さに耐えられず次のツアー最速先行チケットの購入列から離脱した後、名残り惜しくも会場を後にした。このファイナルだけ3年前私に大森さんを教えてくれた人と連番だった。打ち上げをする予定をしていなくて、お酒を飲まない人だったしそういうの嫌かなと思っていたから、一人でどこかで飲んで帰ろうかなと思っていたところ何となく付き合ってくれることになった。嬉しかった。中野の焼鳥屋に入って(私だけ飲んで)、キャベツを齧りながらライブの感想を言い合ったり、次のツアータイトル「COCOROM」の意味について議論したり、曲について話してから電車に乗って帰宅した。家に着いてから3時間くらいコートもマフラーも脱げなくて、外にいた時の恰好のまま床に座って放心したり思い立ったように感想をメモしたりした。そうだ久しぶりに大森さんにDMしようと思い打っていたら寝落ちして、起きてお風呂に入ってからまた床に座ったまま限定グッズを眺めたりした。あっという間に明け方になったのでとりあえず眠ろうと思って布団に入った。息子がすやすや寝ていた。暖かかった。


次の日もその次の日もライブの記憶に埋もれつつ日常をやり過ごし、ぱらぱらと他の人の感想を読んだりした。長文の感想はなるべく読まないようにした。それから一週間以上かけて少しずつこの文を書いた。まとまった時間が取れず途切れ途切れに書いたので、打ち込む度に気持ちが変わってその度に書き直した。そんな中、「chu chu プリン」をリクエストされた方がお亡くなりになったと知った。面識はなかったが何となく姿はお見かけしたことはあった。昨年東海ラジオのリアタイをしていた時に「いいね」をし合った、それが唯一の私のその方との接点かもしれない。それくらいしかないけど、自分がもしこの方だったら、と過剰なくらい自分に当てはめて考えた。それでこの感想を綴るのも止まってしまった。書けなくなった。代わりなのかは分からないが何かを埋めるように普段に比べて頻繁にツイートをした。


感情がぐちゃぐちゃの中、あるきっかけがあり、やはりこの感想を最後まで完成させなければならないという気持ちになった。誰かのためにではなく自分で後で見返すために。亡くなった方がなぜあの場であの曲をリクエストしたのか知りたいと思い恥ずかしながらちゃんと聴いたことのなかった「chu chu プリン」をダウンロード(苦手だけど本気出してやった)して聴いた。美しい曲だった。何度も繰り返して歌詞を書き起こした。歌詞を読んだ。どんな方だったんだろうなと考えた。どんな天気が好きでどんな色が好きだったんだろうとか、大森さん以外のことも考えた。これから知ることはないが、今生きている自分はこれからもっと本気で生きようと思った。「本気で生きる」とは曖昧で無責任な言い方だが、楽しいことも面倒なことも今頭に思い浮んでいる願望やこうしたいという目標をちゃんと自分の手で形にしていこうと思った。大森さんのライブに行くこともその一つである。できるかどうかは別として、真っ直ぐ進めるかどうかは別として、意思を持つことにしようと決めた。


今、冷蔵庫には給食の献立の横にCOCOROMツアーのチラシが貼ってある。裏に魔法陣が描いてあることに数日前に気が付いた。魔法陣の下に「NO MUSIC NO MAGIC NO MUTEKI」と書いてある。コンマはないけどそれぞれ改行されているので、タワレコの「NO MUSIC NO LIFE」と同じように考えると、’If there is no MUSIC, there is no MAGIC nor MUTEKI.’即ち「音楽がない魔法やMIUTEKIなんてない」あるいは、MAGICとMUTEKIが並列でなければ「音楽がない魔法なんてないし、魔法がないMUTEKIなんてない」という意味なのかなと考えた。そもそも一つの文でなく、NO~が独立している可能性もあるが音楽がないと魔法も起こらないし何も始まらないんだよという意味に捉えた。また、「魔法」と「MUTEKI」がアルバムタイトルを指しているとすると「音楽」つまり「音を生む」という概念がないとアルバムを作ってライブをすることもないんだよ、という風にも取れた。


MCで「ここにいる人は笑うのが苦手な人達」と言ってくれたのが嬉しかった。うまく笑えなくても朝が来て夜が来る。冬が終わるとやがて春が来る。私の日常はまだ続くし、大森さんの音楽もまだ続く。