(続)海の音

雑念のメモ

どうでもいい過去のはなし

側から見たら幸せな家庭だったのだろう、参観日に父親が来れば友達はカッコいいと褒めてくれた。母親はお洒落で可愛いと褒められた。

何歳だったか物心ついた時から、何か口答えしたり行動が父親の逆鱗にふれると加減ない大人の手で頭を思いっきり叩かれた。人間と思えないようなすごい怖い顔して。何度目からは叩かれる直前に表情で分かるようになった。あっ来るぞ来るぞって。それがいつも本当に怖くて、子どもながらに叩かれる真っ当な理由が果たして本当にあるのか理解できなかった。例えば夏休みの自由研究のテーマを「家庭ゴミの研究」と父親に勝手に決められ、え、暑い中ゴミなんか数えるのは嫌だ辞めたいと刃向かえば全力で叩かれた。例えば震災の時に母親が親戚の世話に必死になっていて不在で父親しかいなくて、着るものがなくてオロオロしていたら体操服を着ろと言われて学校も体育の授業も嫌いなのに着たくないと刃向かえばあの怖い顔で叩かれた。あとはどんなに必要な場合でも小さくても嘘をついてはいけないとか色々と逆鱗ポイントがあった。全部理由が馬鹿馬鹿しくて父親基準で、なぜ叩かれなきゃいけないのか分からなくて、父親への恨みみたいなのがその時からずっとあり今も残っている。母親は暴力こそ振るわなかったが何かよくないことが起こる度に「あなたが悪いんでしょ」と口癖のように言った。どんなに自分は関係ないと思うことでも、全部原因は私にあると言われた。自業自得だって。逆に何かに対して褒められることは少なかった。

今は二人とも老いたので憎しみなどは一切感じない。でも父親とは今もほとんど口を利かない。母親とは仲が良いがやはり今でも「あなたが悪い」と言ってくる。出産直前、父親が私のこれまでの人生を全否定するような発言をした。いつもなら無視するがしつこく何度も言ってきた。気がついたら臨月のお腹で父親を殴ったり蹴っていた。親にこんな風に手を出したのは初めてだった。父親は昔私を叩いたような威力はなく何糞ってキレながらも動揺し、母親は赤ちゃんが可哀想だから辞めてよって泣き崩れた。自分はもうすぐ生まれる子まで巻き添えにして、いい歳して一体何やってんだろうと情けなかった。出産したら予定より早く東京に戻った。

そんな両親だからかそれは関係ないのか分からないが、今でも自分をすぐ否定する癖がついていて、小3でクラス全員に攻撃された時にきっと私がどこかおかしいからだと考えていたように何かよくないことが起こると出来事全てが自分の責任だ自分に原因があると考えてしまう。人と会話していて表情が曇るとああ私が何か気に触ること言ったんだな、友人と疎遠になるとああ私が余計なことしたのだなって考える。実際そうである時もあるだろうし、そうでない時もあるだろう。でも全てがそうであると思うことで誰も悪人役を負う必要がなくなるので他人を憎む必要もなくなり楽だ、という偏屈な考えが未だにある。

 出産してからはそれが少しだけマシになった。例えば自分で食べたのに皿からパンがなくなったと怒ったり、子どもが泣いたり喚いたりする理由があまりにも不可解で理不尽で唐突で、自分のせいにしていては追いつかなくなったからかもしれない。それでも世界を忌むような顔をしてわんわん泣かれると自分のせいに思ってやりきれなくなる時もある。

子どもには自分が親にされたようには絶対にしたくない。向こうに力で勝てるうちは絶対に暴力はふるいたくないし、何か悪いことがあった時に無闇に責任を問うようなことはしたくない。何が原因か二人で一緒に考えたい。そして小さな事でもすごいねよかったねってたくさん褒めてあげたいと思っている。やたらと自己評価が高すぎる大人になっても、まあ仕方ないかなと思っている。「生きてるだけで超えらい!」って大森靖子さんも言ってたし、生きてるだけで偉いねすごいねって褒めてあげたい。