(続)海の音

雑念のメモやまとめ

スイマーと私

SWIMMERが来年1月に終了すると発表から少し遅れて知った。りんご王子やピンクや黄色のうさぎ、オリジナルプリントのポーチ、鏡、ノート、ランプ、時計…。今でこそ珍しくないが、小学生だった私にとって「かわいい」が息苦しくなるくらい詰め込まれた雑貨の数々はいつか見た夢の世界のようだった。SWIMMERに関してはちょっと人と違うエピソードがある。

なぜインターネットも普及していない時代に地方在住の小学生がスイマー(以下昔の思い出の感覚でカタカナ表記)を知っていたかというと、近所にスイマーを取り扱っている雑貨屋さんがあった。その雑貨屋さんは繁華街からほど遠い地元の最寄駅のすぐ近くにあり、お姉さんが一人で経営していた。セレクトショップみたいな感じで、スイマー以外にもお姉さんが選んだ雑貨が広くはない店に所狭しと並べてあった。いつできたのか覚えていないが物心ついた時にはもうあって、最初は母親と一緒に行った。小学校中学年くらいまではサンリオ絶対信者で、サンリオに行けば全て揃っていると思っていたのだが、このお店はサンリオとは違う少し大人の物が売っていてドキドキした。入店した途端独特の甘ったるい匂いが鼻にやってきて、レジに立つお姉さんの服装、アメリカ企業広告のポストカードやアクセサリーなど全てが初めて触れる世界だった。スイマーもその一つだった。駅から家までに通る道にあり、狭いお店なので何度か行くとすぐに顔を覚えられてしまい、親と一緒の時は買わずに出るのが気まずかったのかペンやシールなど小さな物を買ってくれた。今から考えればおそらく外国製のスイマーの雑貨は値段が安く、他の商品に比べて買ってもらい易かったのだと思う。

確か初めて買った(買ってもらった)スイマーの商品はうさぎの形をしたシャーペンだったと思う。学校でシャーペンは禁止されていたが塾では使ってよかった。最初の頃はそれが何のブランドであるかは意識しなかった。そのうち、雑貨の側面にSWIMMERと読めないアルファベットで書いてあることに気が付いた。そういえば全部絵柄や雰囲気が似ているなと思った。りんご王子やうさぎのキャラクターも同じブランドだと知った。慣れてきたらお小遣いを握りしめてきょうだいと一緒に行ったり一人で行った。お店のお姉さんに話しかけられて恥ずかしかった。読めない英字の意味と発音を習っていた英語塾で後から知り、なぜ「泳ぐ人」なのか不思議だった。

思えば90年代後半から2000年にかけて雑貨屋全盛期で、文化屋雑貨店、宇宙百貨、大中ほか魅力的な雑貨屋さんがたくさん存在した。雑貨屋の最新事情は当時読んでいたMc Sisterという雑誌で学ぶことが多かった。Mc SisterはMen's Clubの妹版で当時洋服好きな母親が何誌かファッション誌を購読していたので家にあり、多分近所の雑貨屋さんに通い始めた少し後、小学校5年生頃からリニューアルしたMc Sisterを何となく読み始めた(年齢がバレる・・)。小学生にとっては洋服の着回しよりも雑貨紹介ページやシスターズと言われアケミ、ミワコ、ヨシミなど呼び捨てされ友達か姉妹のような距離感で登場するモデル達の愛用品や生活を見る方が面白かった。可愛いと思ったものは何でもハサミで切り抜いてキャンパスノートに貼りいちいち雑誌と同じクレジットを切り抜きの横に書き込んだりしていた。

ある日突然、雑貨特集のページに自分が持っているスイマーの商品が載っていて驚いた。スイマーは近所の雑貨屋のオリジナル商品だと思っていたので、なるほどうちの近所に売っている雑貨は雑誌に載るほど有名なものだったのかと誇らしいような可笑しいような気持ちになった。しかしよくよく見ると「スイマー代官山店」のクレジットがあり、(おそらく代官山がどこにあるのか母親に尋ねて)その時初めてスイマーが東京のブランドであることを知った。井の中の蛙状態でショックだった。それからも雑貨屋には通い続けた。雑誌に載っているものが売っていたりすると東京が身近になった気がして嬉しかった。

小学6年生の頃、ディズニーランド好きな父の提案で家族旅行で東京に行くことになった。私はその時ディズニーはさほど好きではなかったので、真っ先にスイマーと文化屋雑貨店に行くことを企んだ。結局TDLの翌日だか東京観光のために設けられた日に家族を巻き込んで原宿へ行った。初めて行く竹下通りは人が多くて怖かった。謎のTシャツを売る露店や当時流行っていたシノラー風ファッションをした若者でいっぱいだった。母親はスリに合うから気をつけなさいと言った。家族でぎゅっと縮こまり草食動物の群れように移動した。竹下通りの真ん中に文化屋雑貨店はあった。文化屋雑貨店で何を見たのか覚えていないが2階に上がったことは覚えている。近くのバーガーキングでドラマでしか聞いたことのない標準語で話す若い女の子達に怯えながらハンバーガーを食べた後、ラフォーレに入っているスイマーに行った。初めて見る実店舗に感動するかと思いきや、地元の雑貨屋に売っているものとそう変わらず少しがっかりした。きっと近所の雑貨屋が頻繁に新商品を仕入れていたのだろう、特に目新しいものは置いてなかった。それに流行りの服装をした年上の女性達で混雑していて子どもには肩身が狭かった。

やはりスイマーの本店を見てみたいという思いが湧いてきて、代官山にも行きたいと親に提案した。ラフォーレに行ったからいいんじゃないと最初は反対されたが子どものように駄々をこねた結果、どう時間を確保したのかきっとどこかへ行く予定を変更して代官山に連れて行ってもらった。ドキドキしながら店の前まで辿り着くと、その日は定休日だった。

中学生になっても例の雑貨屋へは通い続けた。可愛くて、スタンドミラーやメイクボックスなどちょっと大人の要素があるアイテムを眺めているだけでどきどきした。chocoholicというスイマーのお姉さんブランドも好きだった。高校になってからはお店のお姉さんと話すのが恥ずかしくなって何となく疎遠になった。大学に入ったら忙しくてほとんどお店のことは頭になかった。それでもスイマーのポーチや文房具は使い続けていた。社会人になって上京してから約10年ぶりに「本物」のスイマーのお店に行った。雰囲気は少し変わっていたが「かわいい」を追求したデザインや雑貨を手に取った時のドキドキは何も変わらなかった。自分用と小さい子はスイマーの細々した雑貨が間違いなく好きだろうしスイマー好きになってもらいたいというおばさんの脅迫観念で姪にも買い、海外では考えられないくらい過剰で可愛いラッピングをしてもらう。好みでないのか姪の反応は微妙だったけど、スイマーのお店で選んで買うという行為がただただ嬉しかった。

永遠に続くものなど存在しない。過去に愛用していた文房具や好きだったキャラクターはいつの間にか消えてなくなった。それは時代の変化もあるし、消費者として好んでは飽きる私自身にも原因がある。

実はスイマーを扱う地元の雑貨屋は今も存在する。実家に帰る度に潰れているかなと思って前を通るとちゃんと存在する。外から見る限りあの時と同じお姉さんがレジに立っていてスイマーの雑貨が置いてあるのが窓ガラス越しに見える。でも何となく入店できないでいる。入った途端に昔の記憶が洪水のように溢れて出して蓋が出来なくなりそうで怖くて入れない。ずっと変わらず存在してきた雑貨やさんもスイマーがなくなったらお店を閉めてしまう気がしてならない。

 

いつかみた夢は再び夢となる。しばらくしたら懐かしそうに語ったりするのかもしれない。