(続)海の音

雑念のメモ

大森靖子の出張実験室in幼稚園~一緒にあそぼう親子イベント~(2017.11.19)

池袋から西武線に乗って最寄駅の改札を出て、会場の幼稚園はどこかなと地図を見ようとしたらちょうど改札の前にいた友人と娘さんに遭遇。迷う心配がなくなり安心した。一緒に地図を見て駅を出ってこっちかなぁと歩いているとナナちゃんパーカーを着たお子さん連れの男性を発見、友人が声をかけてみんなでぞろぞろと歩いて向かった。駅前の立ち食いうどん屋さんからほわーと湯気が出ていてこのお店絶対美味しいなと思った。

すぐに幼稚園の看板が見えてきた。園庭に入ると子ども達が自由に遊んだり歩き回っており、これから穏やかで楽しい時間になることが想像できた。幼稚園は思っていたより小さくて歴史がある感じで、だからこそ自分が何十年も前に実際幼稚園に通っていた頃の思い出や懐かしさがどっと込み上げてきた。建物の中は日曜日で園児や先生がいないためか、暗くて冷んやりしていた。入口で前記入制(子どもが横にいて書き物はできないので素晴らしい配慮)のアンケート用紙を渡してお金を払った後、靴を脱いで上がる。会場は建物の最上階だったのでいくつも階段を登らなければならなかった。子どもにとっては少し大変だったかもしれないが途中何度も「この上が会場です」「あとちょっと!」等という大森さんの文字やナナちゃんが直筆でかかれたピンクの紙が貼ってあって、子どもというより私が励まされた。サイも「あ、ナナちゃんいた!」と張り紙を見る度に喜んでいた。サイは階段の途中に掲示されている園児達が作ったらしいキツネの折り紙作品を見ても「おーもりさんがつくったのかなぁ」と感心していた。

最上階まで登るとぱっと明るくなり、なんだか天国に辿り着いたみたいだった。会場には、園児用の木製机がきれいに並んでおり、机には四脚ずつこれも園児用の椅子が置いてあった。前方に舞台があった。普段は入園式やお遊戯会が行われてる部屋らしかった。ナナちゃんやまほうさちゃんの絵、ピンク色の風船が壁やピアノなど至るところに貼られていて、部屋全体が可愛く飾り付けられていた。大森さんの曲がかかっていた。天国にようこそ、と聞こえた(気がした)。舞台手前にはピンク色の布がかけられた演台があり、真ん中にナナちゃんが座っていて左右に水とりんごジュースが置かれていた。ナナちゃんは全てを悟ったような澄んだ表情をしており、天国の番人(?)のようだった。「よくきたね」と言われた(気がした)。

前の机が空いていたのでそこにサイと隣同士で座ったがサイは知らない場所と人達に緊張して落ち着かないようだった。美マネさんが「外におやつや飲み物がありますのでご自由にどうぞ」とアナウンスしてくれたのでサイと廊下に出た。ジュースもあればお茶もあり、お菓子も小さい子どものツボをつくものばかりで隅々まで大森さんの心遣いが感じられた。サイは嬉しそうに演台にあったのと同じ幼児用りんごジュースとメロンパンナちゃんのお菓子を選び(こういう時の判断が意外に冷静)、また席に戻った。いただいたお菓子とジュースを早速食べ始めたら緊張がほぐれてきたようでお向かいに座ったお子さんとも少しずつ交流し始めた。始まる前にトイレでオムツを替えていると大森さんの声がしたので慌てて戻った。今回の実験室は開場から始まるまで15分間しかない。普段の実験室では1時間あるが、子どもは30分も待っていられないから15分くらいがちょうどいい。細かな所までよく配慮されている。

大森さんと二宮さんが登場され、大森さんが挨拶をされた後、ラジオ体操をした。大森さんが舞台に上がられると何人かの子ども達もわっと上がろうとし大森さんは笑顔で手招きした。大森さんと子ども達が横並びになる形でラジオ体操が始まった。サイはやっぱりまだ緊張していたのかラジオ体操の曲がかかり他の人達が立って体操し始めても座ったまま難しい顔をしていた。サイに話しかけていたらラジオ体操は終わってしまった。

続いてトーク。ナナちゃんのいる演台に大森さんと二宮さんがいつもの実験室トークの時のように着席された。「騒いでも何しててもいいですから」と大森さんが冒頭で言われたとおり、子ども達はうろうろしたり舞台に上がったり叫んだり自由そのものだった。通常であれば親はこういう時、周囲への申し訳なさでいっぱいになるが、ここではそれが当たり前なので誰も気にしていなかった。大森さんと二宮さんも特に気にせずアンケート用紙を読み上げていった。アンケートのお題どおり、子育てや大森さんのお子さんの話が中心で興味深い話が多かったがサイのことが気になってあまり集中して聞くことができなかった。好きな人が目の前で話をしているのにちゃんと聞いていないなんて何かすごく贅沢な状況だなと思った。

大森さんはトーク中、子ども達を意識されたのか「アンパンマン」や「カレーパンチ」など子どもが気になりそうな単語を少し大きめの声でゆっくり発音されていた。それがサイにはすごく効果的だったようで、キーワードが聞こえる度に「おーもりさん、あんぱんまんっていったね」とにやにやしていた。大人でも全然分からない話をしている人より、自分が関心ある事の話をしている人の方が身近な存在に思える。しかも子どもにとって大人の話はたいてい面白くない。単語を知っていても文脈が分からなかったりする。でもその中で好きな言葉が出て来たら嬉しい。大森さんのMCやラジオが魅力的なのは言わずもがなだが、子ども達さえも惹きつけるのだなぁとただ感心するばかりだった。いつかの実験室で話されていたツイート禁止のエピソードをここでも話されていたが、普段子どもがいて実験室に来られない人を想定してのことだろうと思った。

30分程話されたところで未読のアンケート用紙が大森さんの手元にまだたくさん残っていたが、子ども達の様子を見てこれ以上続けない方がよいと判断されたのか「トークは終わりにして次の工程に移りましょう、工作をしまーす」と明るく言われた。それでも大森さんは残ったアンケートを熱心に読んでいた。前々から思っていたが、私は大森さんが下を向いてアンケートを読んでいる姿が本当に好きだ。ものすごく集中して真剣に書いてあることを読み取ろうとしてくれているのが分かり、その表情がとても美しくて好きだ。

合間合間で大森さんの子ども達に対する「一緒に楽しもう」という姿勢が全面に出ていた。子ども達に話しかけたり、触れたり、「わー」と低い声を出して追いかけたり、距離がとても近かった。サイもそうだが子どもは追いかけられて「きゃー」と言って逃げるのが異様に好きだ。そして自分に興味を持って遊んでくれる大人に心を許す。

スタッフのお姉さんが前に出てナナちゃんお面の作り方を説明してくれ、美マネさんや他のスタッフさんが席をまわりお面の用紙と飾り付用シール、鋏、ホッチキスなどの道具が入ったカゴを配ってくれた。サイは鋏を使うのが大好きなので見つけると目を爛々と輝かせていた。シールにも食いついていた。工作が始まると大森さんは各机をまわられて後ろの方の子ども達とも交流していた。子ども達は好きなシールで飾り付けたナナちゃんお面が完成するとそれを被って舞台に上がりカーテンに隠れたり走り回ったりしてはしゃいでいた。サイは走り回る子らを羨ましそうに眺めるだけでずっともじもじして座っていたが、彼の中で何かが舞い降りたのか、突然立ち上がり舞台に走っていきその輪に自ら入って行った。そしてその後は家にいる時と変わらぬ姿ではしゃぎ、私の元にはなかなか戻って来なかった。なので、お面を黙々と作りながら、やはり同じようにお子さんが離席した前の方と少しお話できた。その間、スタッフさんはずっと机をまわって出たゴミを集めて下さっていて本当に助かった。

お面が大体完成したところで、大森さんが「集合写真を撮りたいと思いますー」と声をかけ、大人も子どもも舞台に上がった。誰が指示したわけでもないのに、ナナちゃんお面をつけた子ども達はわーっと大森さんがいる最前列に集まった。大森さんが今や子ども達の信頼を得てものすごく好かれているのがよく分かった。サイも大森さんの側に行き、満面の笑みで自分が作ったお面を見せていた。私はその子どもらしい距離感にどぎまぎして遠くから眺めていた。
集合写真が終わり、大森さんはいつもの実験室のように一旦退場された。子ども達は相変わらず舞台上ではしゃいでいた。演奏が始まる前、美マネさんがギターを持って出て来られたが、興奮して走りまわる子ども達を見て舞台に置くのを辞めた。その判断がさすがだなと思った。子どもはとにかく興味がある物は何でも触って確認しようとするので、もし置いていたら美しいハミングバードは破壊されていたかもしれない。
しかしよくよく考えると、開始前からずっと演台にいたナナちゃんに乱暴する子は一人もおらず、子どもの中に触れてよいものとダメなものの線引きがあるとしたらすごいなと思った。愛おしそうに撫でたり、恥ずかしそうに一瞬触れて退散したり、代わる代わる持っているお菓子をナナちゃんの口に運んで献上したり、彼らはナナちゃんを敬っていた。それは可愛いからという一点に尽きるのかもしれないが、誰も独占したり持ち逃げしたりしなかったのはナナちゃんにただ者ならぬオーラというか威厳があったからかもしれない。

まもなくして大森さんが登場され、前方右側に置かれたピアノにさっと近づき「アンパンマンのマーチ」と「アンパンマンたいそう」を弾かれた。子ども達は大喜びでペンライトを振ったり体を揺らしていた。よく知ってるアンパンマンの曲なのに大森さんが弾くと大森さんの色がはっきり出ていてとてもよかった。子ども達が盛り上がった所で大森さんはピアノから離れ、今度はギターで弾き語りを始めた。マイクなしの完全生歌生演奏。最初に「ミッドナイト清純異性交遊」を歌われた。子ども達は大人と一緒に手に持っていたペンライトを自由に振ったり手を叩いていた。それから「あたし天使の堪忍袋」を歌われた。意外だったが、生音になるとものすごく優しくて温かくて、うまく言えないけど抱きしめられてるみたいだった。続いて「コーヒータイム」。アンケートの「推し曲」欄に今聴きたい曲としてこの曲を書いたので、大森さんが歌い始めた時あまりにも嬉しくて胸いっぱいだった。続いて「流星ヘブン」。好きな曲なのにサイが話しかけてきたため、集中して聴けなかった。でも素晴らしかった。そして「絶対彼女」。大森さんは前に座っていた小さな男の子に「一人だと緊張するかな」と気にかけつつ、いつもファンに歌わせてくれるソロパートを振った。男の子は舌足らずな声で一生懸命最後まで歌い切り、その様子がとても愛おしかった。歌い終えると大森さんは女神のように微笑んで弾いていたピックを渡し、男の子は受け取っていいものなのか驚いた顔をしていた。大森さんが弾いてごらんとギターを差し出すと、男の子が弦を少し弾いた。ぽろんと音が鳴った。その光景がとても美しかった。

何の曲だったか失念してしまったが、大森さんは途中から部屋をまわって目があった子どもと一対一で向き合ってギターを弾かれた。目の前で音を聞いた子ども達はみんな驚いたような嬉しいような面白い表情をしていた。それでも泣き出す子は一人もいなかった。この子達が初めて花や星を見た時もこんな顔をしていたのかなと思った。サイは目を合わすタイミングを失って他の子に爆レスする大森さんを羨ましげに見つめていたが大森さんはそれにちゃんと気付いて今度はサイに向けて弾いてくれた。私は大森さんの優しさに泣きそうになって、でもサイがいるから泣いてはいけないと思って直視できなかった。

最後に何を歌おうかなと言われて、普段なかなか来れない方もいるだろうから同じ曲を二度やるのはどうかなと迷いつつも、子ども達が一番盛り上がっていたということで「ミッドナイト清純異性交遊」をもう一度歌われた。最初より更に盛り上がって大人も子どももペンライトを振ったりケチャをした。あぁ音楽っていいなと思った。子ども達は大森さんが歌っている途中、突然離席し歩き回る、声をあげる、独自のリズムで揺れる等完全に自由だった。バラバラだったがそれぞれが音を楽しんでいて、音楽とは本来こうあるべきなのではないかと気付かされた。音楽鑑賞の本髄がそこにあった。

最後にチェキ会。つい自宅にいる時のようにリラックスしてしまっていたが、列に並んでいると「大森靖子さんのイベントに来ている」という実感が唐突に沸き、今更ながら緊張した。それくらい夢の中の出来事のようだった。いつもよりゆったりとした撮影会だった。大森さんと接する時間がかなり長くてまごついてしまった。サイは余程嬉しかったのか、撮ったチェキを知らない人に見せてまわっていた。チェキ会が終わりお開きとなる頃、お面を被ったジョニー大蔵大臣さんが控えめに登場されてご挨拶された。温泉に浸かった時のような安堵がどっと押し寄せた。

帰り支度をして会場を出ると、廊下で大森さんはジョニーさんと並んで最後の最後まで子ども達を見送ってくださった。来た時と同じように階段を下って外に出ると、少し日が暮れ始めていて空気がつんと冷たかった。一緒に出た人達とゆっくりと歩いて駅まで向かった。子ども達は動画を観たり、疲れて眠ったり皆大人しかった。サイは知り合いのファンの方にいただいた苺のフルーツサンドを夢中で食べていた。騒ぐ子どもがいないとやけに静かになり、みな今日の日を噛みしめながら歩いているようだった。駅前のうどん屋さんはやはり美味しそうだった。湯気が夕陽に照らされてゆらゆらしていた。また電車に乗って池袋まで行き、池袋でそれぞれの方向に解散して帰宅した。

フルーツサンドを一瞬で平らげた後サイは深く眠ってしまったので最寄駅に着くと喫茶店に入り珈琲を飲みながら今日撮ったチェキをしげしげ眺めた。チェキ以外はまともな写真をほとんど撮れなかったが、大森さんが曲と曲の間にりんごジュースを飲んでた姿がめちゃくちゃ可愛かったな、などと目に焼き付けた数々の愛おしい場面を回想していた。自分の中でしか残らないけど、目に焼き付けるってことも大事かもしれない。

夜、サイは特によかったも楽しかったも言わなかったのでどうだったかなと思っていると、壊れて放置されていた玩具のギターをどこからか引きずり出してきてすぐ修理してほしいと言った。

大森さんはいつかのラジオで「子ども限定ライブをやりたい」とおっしゃり、それはいつか見た夢だった。子どもがいるファンの方とも実現したら素晴らしいだろうねと何度も話した。子どもがいると普段ライブにはなかなか行けない。自分が選んだ道だから不幸という訳ではないが一つの境遇により好きなものが制限されるのは何だか悲しい。かといって本来誰にでも平等に開かれているはずのライブに「子どもと親」という特殊な制限を設けるのは、子どもがいない方の立場で考えると不公平で納得できない気もする。などと勝手に悶々としていた。私は考えるだけ考えて何も行動に移せないことが多い。大森靖子さんは有言実行の人だ。やると言ったらやる。なかったことにしない。夢をいつか見た夢で終わらせず、一つずつ手作りする。それは簡単なようでとても難しい。
小さな子ども達は今日のことをいつか忘れてしまうかもしれないが、目の前で聴いたギターの音や大森さんと過ごした楽しさが感覚として彼らの記憶のどこかにほわっと残っていたらいいなと思った。大森靖子さん、二宮さん、美マネさん、スタッフさん、そして並木幼稚園さんのおかげで貴重な体験をすることができた。心より感謝申し上げたい。

映画『夜空はいつでも最高密度の青色だ』感想

『夜空はいつでも最高密度の青色だ』という映画を観た。最果タヒさんの同タイトル詩集を石井裕也監督が映画化したという。

最果タヒさんは若くして数々の賞を受賞された現代詩人だが、詩の世界に疎い私は大森靖子さんの自伝著『かけがえのないマグマ』の著者として初めてその存在を知った。以降、文芸誌などで彼女の詩や小説が掲載されているのを何度か見かけたことがあるが正面から向き合ったことはない。今回の映画の原作となっている第4詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』も未読であった。

好きになりそうなものや人ほど存在に気付いてから「知る」まで一定期間遠ざけてしまう変な癖が私にはあるらしい。心の準備をせずに注ぎ込むと自分の小さな受皿を超えてどんどん外に溢れ出してしまう。それはその人や作品に対して失礼な行為である気がして、よし今ならと思った時に向き合う。そのタイミングが合っているか合っていないかなんて分からないけれど。だから入口が針穴ほどしかなく「名前しか知らない」と言うと「え、聴いたことないの?みたことないの?」と驚かれることもある。「この作品いいよ」とか「この人面白いよ」と言われたら興味は持つが接近するまでに時間がかかる。匿名の誰かによる芸術や様々な事象に対する無数の感想評価が次々と流れて消えていくツイッターは新しい発見も多く新鮮だったけれど、知らず知らずのうちに他人の感性で濾過された言葉で分かった気になり己の意見を失ってしまうのが怖くて辞めてしまった。

話がずれたがこの映画を観た経緯を記しておきたい。「最果タヒ」をほとんど知らない状態で映画が公開されることをネットニュースで知った。詩の映画化という想像がつかない表現方法に惹かれた。石井裕也監督の作品は『川の底からこんにちは』しか観たことがない。失礼ながら針穴ゆえ主演俳優も名前と顔が分かるくらい。知らないことだらけだった。ただ「知らないけど気になる」が重なり合い、いつもならまぁまたいつか、となるところが珍しくこの映画を観てみたいと強く思った。けれど実際時間が取れず、気が付いた時には終わっていた。無念と諦めていたら渋谷で再上映されていると知った。苦手な渋谷を歩くのが億劫で迷ったが、行かなければ一生後悔するかもしれないと思い、退社後、たくさんの人を掻き分けてユーロスペースへ向かった。渋谷駅の改札を出るといつも、さあこれからこの中に突入するぞと一息つくために立ち止まってしまう。

ここまで書いてまだ感想に至っていない。昔から感想文を書くのがとにかく苦手なため、それをわざわざ公開するのは恥ずかしいが、この映画が自分にとって生涯大切な作品になる気がするから記憶が薄れないうちに感じたことを記しておきたい。あくまで私がどう思ったかという主観的な感想であって批評ではない。

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舞台は現代の東京。主に渋谷。主人公は若い男女二人。日雇労働として工事現場で働く慎二(池松壮亮)と昼は看護師、夜はガールズバーで働く美香(石橋静河)。二人は偶然出会う。運命のように何度も。二人とも自分のことを変だと思っている。東京で暮らすことを良く思っていない。二人が初めて交わす会話が「渋谷、好きなの?ぼくはえーとなんというか・・・」「私は嫌い」(私の記憶に基づくので台詞は正確ではない)。

 美香はあまり笑わない。過去のトラウマから逃れられずにいて、得体の知れない不安や憤りを感じているように見えた。世の中の矛盾やおかしさについていつも苦言している。そして愛や恋の意味が分からない。美香が愛という言葉に反応したり「愛はやんわりと人を殺す」「恋愛なんて何の意味があるの」と言う度に私は「愛してるなんてつまんないラブレターまじやめてね 世界はもっと面白いはずでしょ」という大森靖子さんの『絶対絶望絶好調』の歌い出しが頭に浮かんだ。

 片目しか見えない慎二は冒頭から内容のあるような、ないようなことを早口で話し続ける。「うるさい黙れ」と仕事仲間に言われ、「話してないと不安なんでしょ」と美香に言われる。たくさん話す割に何を考えているか掴めなくて難しい人物だった。ただ、心が美しく優しい人に見えた。あの場面とかあの場面とか。

慎二と美香は言葉を放ち続ける。言葉によってこの世界で、東京という街で、生きるための均衡を保とうとしているのかのように。そして度々美香のナレーションで最果さんの詩が挿入される。なぜ詩だと分かるかというと映画を観た直後、原作の詩集を買って確認した。

 

都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。

塗った爪の色を、きみの体の内側に探したってみつかりやしない。

夜空はいつでも最高密度の青色だ。

きみがかわいそうだと思っているきみ自身を、誰も愛さない間、君はきっと世界を嫌いでいい。

そしてだからこそ、この星に、恋愛なんてものはない。

「青色の詩」

 

「青色の詩」は詩集の冒頭に載っている。これらの言葉は場面に合わせてバラバラに挿入されていたので、同じタイトルの詩だとは気付かなかった。唐突に繰り出される詩に最初は戸惑ったが、それは私が最果さんを知らないからだろう。知っていたら「原作と違う」という気持ちで入り込めなかった可能性もあるからその点では良かったかもしれない。映画が進むにつれ、登場人物達の口からも詩と思わしき言葉が直接放たれ、溶け込んでいく(まだ詩集をちゃんと読めていないので確認できていないが)。ナレーションも主人公達の台詞も、多すぎた言葉はやがて二人が二人の間に流れる「何か」を見つけていくに従って徐々に少なくなっていく。これはまさしく言葉の映画だ。全然違うけれどゴダールの『アルファヴィル』を彷彿とさせた。あれも愛についての映画だったような。

一つ一つの場面が丹念に描かれていて生々しかった。工事現場、ガールズバーの休憩時間、何度も登場するストリートミュージシャンと歌、騒がしい安居酒屋、盛り上がらないデート、やる気のない中華料理店、実家、深夜のテレビ番組。煩いのに静かで、眩しいのに暗い。悲しいのに可笑しい。そして絶望的なのに希望と呼んでいいような光がある。葬式、人身事故、犬の殺傷処分、孤独死、映画を通して色濃く続く死の描写の中で息継ぎをするように現れる生の可能性。慎二の同僚をはじめ登場人物全員がどうしようもないのに愛おしい。仔細に描かれた場面や人物が、時々挿入される詩やアニメーションと合わさり、現実と非現実が混ざり合って美しい化学反応を起こしていた。

慎二と美香は何度も会っているのに最後までほとんどお互いの身体に触れ合うことがない。民放のテレビドラマやハリウッド映画ならここで絶対くるぞという状況でも密室でも、手をつながなければキスすることも抱き合うこともない。話している時もほとんど目も合わさない。話は弾まず噛み合っていない。それでも二人が何かどこかで通い合っていることをスクリーンのこちら側で観ている私は薄々感じる。だから終盤、二人が通じ合っていることにはっきり気付いた時、とても嬉しくなった。その時の二人のしぐさや表情が愛おしすぎてここには書けないいくつかの場面がある。二人は何度かメールでやり取りしていたが呼吸のようだった。(昔の恋人から連絡がきて)「まだ愛してるって言われた」と送った美香に対し慎二は「愛してたって言われた」と返す。


地元を離れ東京に来てからずっと、一千万人以上の人が暮らすこの街で、貧困、失業、災害、テロ、殺人、自殺その他毎日暗いニュースで溢れるこの世界で真顔で生きていることが苦しかった。満員電車、繁華街、要るのか要らないのか分からない情報、大量生産大量消費。どこに向かって歩けばよいのか分からなかった。でも、この映画を観た今、自分のいる世界や東京の街がほんの少しだけましに思えてきた(それでも良いとは絶対に思えない)。美香と同じように私も「愛」や「生きること」の意味が理解できない。考えるとどうしようもなくなるから考えないようにしている。この映画はそんな私に明確な答えを提示することはなかったけれど少なくとも顔をあげて前を向くための兆しを与えてくれた。こんな映画をずっと観たいと思っていた。

ユーロスペースを出ると映画で観たままの眩しくて騒々しい夜の渋谷があり、映画と現実が地続きになっているような不思議な心地がした。意図せず渋谷で観たが、思えば映画の舞台となった場所でそれを観た経験は初めてのことだった。感じた兆しを失わないように、受皿から溢れないように、できるだけ急いで駅に向かって電車に乗って帰宅した。まだ上映している映画館があるようなのでできることならもう一度観たい。嬉しいことにDVDも近日発売されるらしい。これから何度も必要になると思うから手元に置いておきたい。そして最果タヒさんの詩を知りたいと思った。

観なかったら一生後悔するところだった。今私にもっとも必要な映画だった。

10/19 夢日記

豪華二本立て

 

前半

何らかの組織に属している。何箇所かある入口は顔というか身体認証で護られている。しかしトイレの配管を通じて侵入者が来たような証拠が残されているのを発見。脅える組織のメンバー。侵入者の姿は見えない。

 

後半

久しぶりに再会したあの人は素晴らしく穏やかで落ちついていた。今や人気絵本作家になっていて月刊の子ども雑誌に連載を持つほどになっていた。対する私は人生どうしてこうなっちゃったんだろうってその人への愛おしさと才能への嫉妬が混ざった複雑な感情を持ちつつ俯いている。

ただのメモ

読みたい本をアマゾンで買いまくっていたら読むスピードが全然追いついていない。けれど全部面白い。いつも何冊か並行して読む。今は町田康綿矢りさと自分で勉強したいと思った分野の本。 

 

友達のお祝いにリクエストしてもらったホームベーカリーを探さなきゃいけないのに関心がないのか全然取り掛かれない。ホームベーカリーって自動パン作り機ってことで良いのだろうか。朝起きて焼き立てのパンがそこにあるなんて全人類の夢じゃないか。

 

蒼波純さんの魅力が宇宙爆発的というか、計り知れないことを知った。計り知れないと分かっていたから今までわざと見ないように、目を背けて来た。けれど、ふとおやすみじゃんけんの写真を何枚か見てしまった。公開当時境遇的にどうしても観に行けなかった『ワンダフルワールドエンド』を映画館で観ることに拘泥しすぎているが、観る前に死を迎えるかもしれない。でも映画館で観たい。

 

最近酒量が減った。寒くなったというのもあるが家にいる時はあんまり飲みたいと思わなくなった。夜出かけることもないのでほとんど飲んでいない。凍えるような季節に暖房の効いたお店に入ってマフラーやらコートやらを脱ぎ、おしぼりで手を拭いて、冷えたビールを一口飲んで、さてってメニューを眺める一連は好きだけど。手書きの本日のおすすめ、とか文字だけでぐっとくる。お酒自体というより飲酒を取り巻く事象が好きなのかもしれない。飲み会の様子を油絵で描きたいとずっと思っている。

 

朝ドラを欠かさず観て弁当を毎日持参する人生でありたかった。50代独身上司(男)の手作り弁当があまりにも美味しそうなのでお金払うから私の分も作って下さいと発言しかけたが脳内で留めた。案外応じてくれそうだから逆に言えなかった。

日曜日

あの時なぜ反論しなかったのか、あの時なぜ諾としてしまったのか、等といくつかの選択されずに葬り去られた人生達について朝から何時間も同じ場所に座り込んで考えていた。着替えることも食事も取ることも忘れたというか逃してしまい、我に返り戸棚を探って買った覚えのない厚切りポテトチップス薄塩味を発見、是を一気食いした後、猛烈な勢いで家事を完遂、した風にした。出かけていた家族が帰宅すると何事もなかったかのような顔で晩御飯を食べ風呂に入り布団に潜った途端、また「なかった人生回顧ゲーム」が脳内で始まり明日からの営みに対して自分でもよく分からない虚無感が湧き、押し潰されそうになっていたところ、居間から一人でテレビを観ている家族の甲高い笑い声が二度三度と聞こえてきて、その声があまりにも嫌な感じだったので同じ人間だからと言って理解し合えるものではないことを確信した。やはり間違っていた。でも君、隣で小さく寝息を立てて寝ている、今日も可愛いね好きだよずーっと一緒にいようね(んな訳ないが)と言ってくれた君だけはミサイルが飛んできて世界が終わろうとしても守り抜きたいという一握の意思が孤独の中で揺らめいて明日に繋がっている、ような。

好きで好きで一日中きいている

辛い辛い嫌だ嫌だと言っているばかりでは救いがないばかりか状況は悪化する一方で自分で自分を救済しないと最後には滅びてしまう。「流星ヘブン」という曲を繰り返し聴いているとそういう気持ちになった。準備段階に入ったはいいが全方位にやるべき事考える事が多すぎてキャパオーバーで既に吐き気がしている。吐き散らしながらでも一つ一つ終わらせていかなければ自分や大切なものを殺してしまう。一つでも順を間違えると命取りになりそう。今までずっと選択をしないままぼんやりと、運に助けられながら生きてきたがいよいよどん底に行くのかなという覚悟はできている。現実は厳しく、若くもなくこれといったスキルや資格もない子持ち婆の社会における需要のなさを既に嫌というほど実感させられている。私には何ができるのだろうか。調べれば調べるほど不安を煽る言葉しか出て来ない。でも生きなければいけない。

 

 

生きる方を選んでく 生きるほうを選んでく

大森靖子「流星ヘブン」アルバム『MUTEKI』より

https://youtu.be/bDTwXCrcHxs

のこったものは地獄だけ

なとなく大学に入り、なんとなく就職して、なんとなく結婚して、なんとなく出産して、思えばずっと何となく生きてきた。多少の意思はあっても意志を持った選択をしてこなかった。振り返れば、周りが驚く程強い意志を持っていたと言えるのは、5歳の時絵を習いたいと言った時と、20歳の時外国へ行きたいと言った時だけだ。その二つの記憶は今も鮮やかに残っている。それに比べて何となく進んできた道は色褪せてぼんやりしている。出産だけは例外で、日々成長していく子どもという未知の存在に毎日驚くほどの前向きさを与えられている。

ただ、それ以外は何だったんだろう。何のために進学し、今の会社に入り、結婚を決めたのかよく分からないしその選択で正かったのか問われると苦い解答しかできない。学校は辞められるし仕事は転職できるけど、結婚はそう簡単にいかない。「やーめた」で辞められない。逃げることが許されない。そもそも、元は赤の他人だった人間と死ぬまで何十年も暮らしていくなんて人生最大の決断ではないか。ということを最近ようやく実感した。阿呆か。阿呆なんだろう。一生のことを諦めるように決めてしまった自分の愚かさ。あることがあり、本当に好きな人と結ばれるなんてお伽話だと知った。それ以降、意識したのかしていないのか希望を殺してきた。意志を持つことを諦めて生きたまま遺棄することで新しい希望に出会える気がした。結果、苦しんでいる。自業自得で袋の鼠。今まで「何となく」を繰り返してきたツケが一気に押し寄せている。いくらでも戻ることができた瞬間があったのにそうしてこなかった。選び取られることなく捨てられた人生にいる私がほれ見ろと笑っている。いや大丈夫まだこれから希望は来るはずだって暗示し続けてきた。でももう自分を騙すことに疲れてしまった。

 

今日は地獄だった。酒癖の悪さ。怒号。サイの怯えた顔。ちゃんと生きてこなかったからこうなった。ごめんね。