(続)海の音

雑念のメモ

縷縷夢兎個展『YOURS』に行って感じたこと

某日、東佳苗さんがデザイナーをつとめる縷縷夢兎の3回目となる個展『YOURS』に行った。大森靖子さんの衣装やMVで縷縷夢兎のことを初めて知った。縷縷夢兎の衣装の、オートクチュールならではの五感に迫ってくる重みは生で観た時が一番強いと大森さんのライブを観て感じていたし、もっと近付いて見てみたかった。展示に行くのは今回が初めてだった。何となく今まで行けなかった。

突然だがここでツイッターの話をしたい。これまで何かの展示に行く際、SNSを意識することはそうなかったのだが、今回は違った。展示が始まってから縷縷夢兎のデザイナーである東佳苗さんは今回の展示に行った人の感想や行っていないが展示や縷縷夢兎に言及したツイートを(おそらくエゴサした上で)リツイートして自ら拡散されていた。私がうっかり「佳苗さん」という名前を入れて展示に全く関係ないツイートをした時、佳苗さんは「いいね」をしてくださったので「縷縷夢兎」というキーワードのみならず名前でもエゴサしていることを知り驚いた(絶対とは言い切れないが)。わざと縷縷夢兎というワードを避けて言及しているようなツイートもTL上でちらほら見かけた。

リツイートで流れてくる感想や発言は多種多様で、中には偏見的なものもあったが、佳苗さんはそれも含めて受け止めようとしているように感じた。佳苗さんがこれまで何度か言及されている「インスタ映え」風に撮られた写真、「インスタ映え」写真目的の来場者に対して理解できないと言う意見、そもそも展示に行けないという嘆き、縷縷夢兎とは何かという持論、色々な言葉がツイッターという特有の世界に溢れていた。どんな展示であれ、私は事前に写真や感想で知り過ぎたくないので、最初、展示の写真や感想はできるだけスルーするようにしていた。でも佳苗さんが拡散し続けるその意味は何だろう、それ自体が興味深いと思い、毎日TLに増え続けるリツートに対し、完全に目は瞑らないで薄目を開けて読んだ。そして佳苗さん自身のツイートはしっかり読むようにした。

 

佳苗さん本人や他の方がそう指摘されていた通り(佳苗さんのツイートを引用したかったがリツイートが多すぎて遡れなかった)、SNSであるツイッター上で放たれた様々な意思はヒップホップのラップ対決のようにぶつかり合っていた。でも正確にはぶつかっていない。ツイッターの海で自由に泳いでいるだけで顔と顔を突き合わせて喧嘩している訳ではないし、ほとんどがリプライですらない。現実では無言&冷戦状態を保ち、SNSの中に入った途端見えない敵、誰というわけではない誰かに向けてラップをまくし立てる感じ。私は都築郷一の『夜露死苦現代詩』に近いものを感じた。『夜露死苦現代詩』で紹介されている言葉は作品として世に発表されたわけではないが痛いほど強烈な個性や主張に満ちている。本人が作品だと意識していない「詩」を都築氏が取材して拾い上げたからこそ私は目にすることができた。その産院でなく路端で生まれたような言葉の、誰にも向けられていないがいつか拾われる日を待っていたような強すぎる声。今回の佳苗さんの一連のリツートによる拡散は都築さんの取材に似ている気がした。ツイッターが路上かもしれない。

少数部族の民族衣装やアジアの極彩色の乗り物、もっと言うとデコトラや暴走族の刺繍入りスカジャン、高校生の制服カスタムのような、表に出ても薄まらない人間の強い何か、「魂」と呼ぶとしたらそのようなものが縷縷夢兎の衣装やその他の作品に宿っていると個人的に感じていて、そこが好きだ。魂が色濃く露出しているものは見た目には鮮やかで「インスタ映え」するのかもしれない。それ自体はおかしいことではない。例えばアジアに旅行して色鮮やかな装飾で飾り付けられた派手な乗り物を見かけたら私は「かわいい」と思わず撮ってしまうだろう。それをSNSに上げるかどうかは別として。ただ、仮にある作品や物事に対して「雰囲気がいい」「かわいい」「おしゃれな」写真を撮ってSNSで共有することに満足する人がいるとして、そうされることに対して佳苗さんがどう考えているか分からないが、縷縷夢兎が好きな人の中には良く思わない人もいて、だからあんな風にエアラップ対決のような形になったのだと思う。私は展示を見てどんな気持ちになるのか、「かわいい」のその先まで自分のフィルタで見ようとできるのか。そもそも見ようとする姿勢は正しいのか。今回の展示で初めて「no muse」を掲げた佳苗さんは我々に何を求めているのか。

などと、悶々としながら展示会場に向かった。個人的な想い入れがあったので縷縷夢兎と大森靖子さんと伊勢丹のコラボトートを持って行ったが同コラボのキャップは被るのを辞めた。また家を出る時に着けていた派手なピンクのイヤリングも途中で外した。会場内で目立つこと、「見られること」が怖かった。トートも会場に着くとなんとなく絵柄を隠すように持った。会場入口から中を覗くと、想像以上に大勢の女の子が広くはない空間の中でひしめきあっているのが見えた。平日の昼間だしそんなに多くの人はいないだろうという自分の読みは甘かった。気を取り直して入場すると佳苗さんがいらっしゃるのが見えた。展示概要(ステートメント)が2箇所に貼ってありますとスタッフの方に言われたので、まず白い紙に印刷されたステートメントを注意深く読んだ。会場に溢れる縷縷夢兎の色合いと違って、装飾がなく報告書のような普通のフォントで印字された簡素な紙が一枚、壁にマスキングテープで貼られていた。その代わり、書かれている内容が強くて本気だった。ああやっぱり私は佳苗さんが好きだと思った。書いてあることが全て理解できず、後でもう一度読みたいと思ったので急いでスマホを出してステートメントを撮影した。

会場内はステートメントに書いてあったとおり、部屋のような展示と、映像・写真・ヴィンテージのドレスが掛かっている展示があり、それぞれの境界は線引きされているようで曖昧に混ざり合っていた。部屋のような展示では綺麗な色の洋服やぬいぐるみや下着や本やDVDや食べ物やゴミが床を埋め尽くしたり、洗濯物ハンガーにぶら下がっていた。それらは無造作である一方でミリ単位で計算されている気もした。展示をみた友人が「ここにゴミが置いてあっても実際のゴミとは違うよね」と面白いことを言っていたがそれはその通りで、異物のように混ざっているゴミや煙草の吸い殻は汚いというよりむしろ洗練されている感じがした。縷縷夢兎のゴミ、縷縷夢兎の吸い殻。開封済のコンドームの袋があってその開き方だけがやけにリアルだなと思ったがその微笑ましい理由を佳苗さんがお客さんに話しているのがたまたま聞こえて納得した(誤解を招いてはいけないので記しておくと佳苗さんが私用されたのではない)。では異臭を放つ本物のゴミを会場に撒けばいいのかと言うとそれはまた違う気もする。美しいものと対極のものをただ同時に存在させればアートが完成するわけではない。

佳苗さんのコレクションと思われるたくさんのヴィンテージドレスや洋服が掛かっているコーナーは素敵だなとうっとりしたし、これらは自分が纏いたくて纏えなかった服だなとしみじみ感じた。繊細なレース、フリル、透けるオーガンジー、リボン、ピンク。小さい頃、キラキラしたピンク色の服が好きだったが親の方針で着せてもらえなかった。それで自分は「かわいい」物に相応しくないから着せてもらえないのだと解釈して拗らせてしまった。大人になって自由に着れるようになっても一定距離を置き遠ざけた。同じクラスにいる気になるけど絶対話しかけられない可愛い子みたいな。関連の本を集めたり、古着屋やお店で触れて眺めるのは好きだし買うこともあるが纏うことはない。だからあぁ綺麗だなと子どものように思った。ほら好きだったでしょ何も考えずに好きでいいよと語りかけてもらえたようで心がすぅーっとした。

最後にLADYBABY(や他のアーティストも含?)が着用した衣装が並ぶコーナーを見た。衣装をこんなに近くで見るのは初めてだった。縷縷夢兎の衣装が大森靖子さんのkitixxxgaiaツアーファイナルでロビーに展示されているのを見たが、その時は人が多くて今回ほど近寄れなかった。目と鼻の先で見ると、色々な素材で編まれたものが何重にも重なったり繋げられていて、一つのパーツに見えるものも注意深く見ると手で編まれていて驚いた。手編みのものと既成のパーツが合わさっている部分もあった。これらは佳苗さんが「muse」と呼ぶたった一人に向けて作られているから、着用後の形跡や生々しさも感じた。私は裁縫技術が小学校低学年レベルで、編み物においては小3の時に手芸クラブでおぞましいマフラー(と呼ぶならばそうだが羊毛の塊でしかないもの)を作って以来やっていないので、裁縫作品を見るとそこに込められた意味を考えるよりも前にただその技術に圧倒されてしまう。人間にこんなことができるのかと。裁縫よりももっとできない楽器についても似た気持ちを持つ。とにかく「すごいな」と感じる。佳苗さんの作品は一体どう作るのか分からないというものばかりだったが、ずっと眺めていると絵画のようにも思えてきて突然親近感が湧いた。絵は上手くはないが好きなので、編み目や縫い目を絵の線だと考えると筆跡のようにも見えた。そして、だんだんと編まれた糸や布が内臓のようにも見えてきた。特に襞状のものが繰り返されている部分は小学校時に教科書で見た小腸の写真を連想した。今回展示されていなかったが、大森靖子さんの『流星ヘブン』のMVで佳苗さんは「臓物」と呼ぶものを作られ、大森さんはMVでそれを引きずって歩いていた。「臓物」は綺麗な色で可愛いのにぞっとするような生々しさやグロテスクさが感じられる。佳苗さんの作品には「かわいい」のベールの下に正体不明のおぞましいもの、「かわいい」と対極していそうで実は繋がっているものがあからさまではなく密かに存在する気がするが、刺青のように刻まれていてどんな洗剤でも全然薄まらない。それが「魂」なのかもしれない。あー、また考えてしまった。佳苗さんはこんな風に考えることを望んでいるだろうか。

会場出入口付近に佳苗さんの私物が売られているフリマのような一角があった。洋服やバッグを中心に雑貨や布やボタンもあった。ほとんど公園のフリマのような安い価格がつけられていた(10円~)。私物なので当たり前だが、展示されている私物よりもっと佳苗さんの生活や日常に近い気がした。フリマは展示ではないがこの空間の中で一番現実味が強いと感じ、嬉しくなった私は自分が着れない外国製の幼児用ワンピースやセーラームーンの布や毛糸など5点ほど購入した。佳苗さんの私物が買えるすごい催しだと私は興奮したが人が殺到して取り合いになるような感じではなかった。買った時は嬉しかったのだけど、家に持ち帰るとおじさんが女性の下着を盗んできたような、急に悪いことをしたような申し訳ない気持ちになって、ワンピースはお気に入りの子供服用ハンガーにかけてクローゼットの一番奥に隠した。

佳苗さんの「話しかけてほしい」というツイートを見ていたのもあり、機会があれば話しかけてみたいと展示に行く前から思っていた。それは話すのが苦手な私にとって相当勇気のいることだし、うまく話せるか分からなかったけど展示を観て思ったことや衣装を見て感じていたことを自分の口で直接伝えてみたかった。展示を見る中で、縷縷夢兎以上に私は佳苗さん本人が好きなのかもしれないという気持ちにもなっていた。意気込みはあったが、他の女の子が佳苗さんと絶え間なく話しており、そういう機会は訪れそうになかった。佳苗さんは女の子達と積極的に話していて、高校生の女の子が身に付けていた流行りのアクセサリーについて、雑誌にも載っているかどうやって作るのか興味津々に質問されていた。佳苗さんが一人になるのを待っている間、中央に置かれた作品集(欲しかった「muse」は売り切れだった)や書籍を見ていたら、急に展示に向いていた集中力が途切れ、周囲が気になるようになった。

私は女性、特に若い女性がたくさん集まっている場所に行くと動悸がしてその場にいられなくなる。女子高、女子大、女性専用車両、ルミネなどのファッションビル、バレンタインデーのチョコレート売り場、化粧品売り場、女性下着専門店…。できる限り避けて生きてきた。自分は性別上「女性」として分類される外見を持って生まれたが、内面で「男性性」が強く占めていた。幼少期に封じられたことで「かわいい」ものへの憧れは人一倍強かったし、自分が男性だと思っているわけではないからトランスジェンダーとも少し違う(のかな、よく分からない)。人生でお付き合いをした相手は男性だが「女」として見られると途端に苦しくなった。言葉で説明するのが難しいが、「男性」「女性」という性意識そのもの、意識してしまうような場面が苦手なのかもしれない。大学の時、信頼しているゼミの教授に「君は本当は60代の男性だよね」と真顔で言われて一番しっくりきた。歳を取ると性別の区別が曖昧になると言われているから。

会場に男性は一人も見当たらず(いたと思ったら機材スタッフですぐいなくなった)、その空間にいる全員が女性でおそらく私より若かった。集中力が切れた途端、整えられた髪と白い肌の女の子達から発せられる女性特有の匂い、声、スマホのシャッター音、自撮する姿が洪水のように流れ込んできて無視できなくなった。「インスタ映え」についてどれだけ議論されても、SNSでエアラップ大会が開催されても、実際会場では多くの女の子達がそれらを忘れたかのように展示物や自撮を何枚も撮影していた。展示物と一緒に撮影したり、佳苗さんにツーショットを求めている子もたくさんいた。いや忘れてない。きっと知らないふりをしているだけ。「どう見られるかもちろん知っている」「自分が可愛いことをちゃんと自覚した」上で意識的に動いている彼女達に畏怖の念を感じ居たたまれなくなった。結局、佳苗さんと接触する前に限界に達して会場を出て深呼吸した。私が撮った写真は展示概要の一枚だけだった。

今回の展示タイトルが「YOURS」だということを考えても、そこにいた来場者(もちろん自分も)や来場者の行動や放つ空気も含めて展示だったのかもしれない。美しい女の子達の中で私は異物だったけれど展示物として置かれていたゴミや吸い殻のようになることもできなかった。うまく混ざれなかった。展示に集中していた時には全く思わなかったが、周囲が気になりだした途端、呼ばれていない誕生日会に間違って来てしまったような気持ちになった。どこかに行ってこんな感情になったことはこれまでなかったので、縷縷夢兎を取り巻く世界の深淵を見てしまい一層好きになった。確かにそこには私がいつか持っていて手放した夢もあった。縷縷夢兎はブランドではなく私や誰かが諦めた夢を手作業で復元する運動なのかもしれない。

 

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と、ここまで書いて何だかぺらぺらした感想だなと思ったが、まだ縷縷夢兎を理解するに至らない己の経験不足と文章能力の低さのせいということで、恥ずかしながらそのままにしておく。

チャンキー前田

チャンキーヒールという単語を初めて知った途端、「チャンキー前田」という架空の人物が頭の中に出現した。
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チャンキー前田は腹話術人形のふくちゃんと暮らしていて性格は比較的明るいが友達はいない。好物は草餅。海外でイルカと泳ぐことが夢。
 
チャンキー前田は小3の時に受けた交通安全教室の腹話術に衝撃を受けたのをきっかけに腹話術師を志す。ただそれだけでは生計が立てられないので書店でアルバイトをしている。休憩中に旅行雑誌を眺めていたら店長に鼻で笑われて以来店長に積極的に夢の話をするのを辞めた。先週店長主催の飲み会があったがカメの餌やりで忙しいという理由で断った。カメは飼っていない。彼の好きな芸人「味噌漬☆パラダイス」の深夜ラジオを愛聴しているが投稿は一度も採用されたことがない。ラジオネームは「草もち男」。
 
店長に理不尽なことで怒られた日の夜、愚痴を漏らすとふくちゃんは「まあそんな日もあるよね」と明るく慰めてくれた。チャンキー前田はアパートのベランダからふくちゃんと二人で雲に半分隠れた月を眺め、Amazonプライムで発注した好きな漫画の新刊の不在票を握りしめて泣いた。「ふくちゃん、明日からもがんばろうね」「うん君は天才!えらい!あははははは」
 
明日は早番。マキちゃんがいる日。江の島水族館のお土産を渡すんだ。

生きる宣言

昔から走れず泳げず歌えず、人前に出ればうまく話せず思い切って言葉を捻り出せば意味不明だと狂人扱いされ、唯一絵を描くのが好きだったけど高校で基礎デッサンが全然できなくて美術の先生にいつも叱られて美大断念。それきりほとんど描かなくなってしまった。何においても人より優れたものがなく、とりあえず勉強だけは真面目にしていたのだけど別段好きでもないしテストで良い点取ることや内申点を上げることが一体何の役に立つのか分からないと気づくや一気にやる気を失い大学受験戦争から見事に脱落した。悲しいことに、自信を持ってこれだけは誰にも負けませんと言えるものがどこを探しても一つもない。子育てにおいてはまあ胸を張れるがそれは自分の特技ではなく状況だと思っている。お遊戯会で主役に抜擢され、何でも器用にこなしていた(いるように見えた)きょうだいをいつも横目に放課後、学校の裏にある、怪しいと噂されるおっさんが実家の一階で一人でやってる薄暗い絵画教室に直行し絵を描くことだけが楽しみだった。部屋の中に先生の描いた絵が数枚飾ってあったがどれも雲の浮かんでいる空の絵だった。全部同じに見えた。先生の影響か子どもにしては無意識のうちにパレットの上で暗い色を作って塗りがちになり「夜中に床に横たわる人形」とかよく分からない絵ばかり描いていた。絵画教室で友達は一人もできなかったし、先生ともほとんど口を利くことがなかったけれど、先生は時々絵を褒めてくれた。何度か部屋の奥に年老いた女の姿を見かけた。いたと思ったら消えて幻のようで怖かったけれどおそらく先生の母親だったのだと思う。絵画教室へは5歳から12歳まで週に一度通ったが、一度だけ、確か高学年の時、先生が後ろから近づき長い髪と首筋を後ろから撫でるように触れ「汚れるからくくっておこうね」と長い髪を輪ゴムで縛られた。その時のぞくっとした感覚と髪が輪ゴムに巻き込まれて痛かったこと、鼻孔に染みついた油絵具の匂いを今でも鮮明に覚えている。抵抗せずただ前を向いて黙っていた。親は私が暗い絵ばかり持ち帰るので別の絵画教室に行かせるべきだったと言った。先日また一つ歳を取った。悲しい。「誕生日を迎えると死に近づくから小さい頃から全く嬉しくなかった」とある小説家は言っていた。まさにそうだと共感した。数年前まではできませんとへらへら笑って許されることもあったが歳を重ねていくうちに笑っているだけで済まされないぞという思いが強くなるばかりで己の行く末を思うと恐ろしい、などという文を書いてもこの通りの稚拙さで、毎日食べて寝て排泄して呼吸するのを繰り返しているだけの醜い中年女と化している。何かしなければと思うけれど何もできないでいる。あーと声を出しているうちにそのまま死んでいくのかもしれない。そう考えていた矢先、同じ人が好きな方がお亡くなりになったと知った。面識はないが今までにないくらい自分に置き換えて考えた。その方が想像を遥かに超えて、「行動していた」「生きていた」様子を泣きながら聞いた。自分は今、惰性だけで生きているような気がしてやはり何かしなければ動かなければと親が毎年黙って送ってくれるケーキを早朝暗い台所に立って一人貪りながら決意した。生きる宣言。

「超歌手大森靖子MUTEKI弾き語りツアー」ファイナル(2018.1.20 )@中野サンプラザの記録

感想のつもりで書き始めたが自分の感じたことや気持ちを中心に綴っているうちにセルフインタビューのようになってしまったため、もしこれを読んでみようという稀有な方がいたらレポートというよりは後で私が見返すためだけの個人的な記録だと思ってほしい。自分で言うのも何だが長すぎる上に読み辛い。何が言いたいのかよく分からない。セットリスト以外は全部記憶を頼りに書いているので事実と相違する点もあるかもしれないがその辺りはどうか気にしないでほしい。

 

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我が家の冷蔵庫にはアンパンマンのマグネットでボロボロになった「超歌手大森靖子MUTEKI弾語りツアー」のA4のチラシ(裏はアルバムMUTEKIの案内)が一枚貼ってある。なぜボロボロかというとチラシの大森さんに反応して息子が何度も外してしまうからである。大森さんの字でツアーの日程と行き先が書かれたそのチラシが毎日ほとんど無意識に目に入っていた。生活の延長にライブがあると思っているから、なるべく生活に紛れ込ませたかった。それから、会社の無機質な卓上カレンダーにもまるで出張の予定のように「大阪」「須崎」と自分が行くものも行かないものも全公演の地名を書き込んだ。出張なんてないのに。これはツアーが始まる前の儀式のようなものだ。いつもやっている。アナログ人間なのか未だに予定をiphoneで管理することができないし、好きなものは目の前に貼ったり置いたりしてしまう。チラシには最後の「中野サンプラザホール」の右横に「FINAL」と書かれ雲のように囲われている。その大森さんの可愛い手書き文字を何度見つめたか分からない。


今回のツアーは「超歌手大森靖子MUTEKI弾語りツアー」のタイトル通り、大森さんがたった一人でギターを携えて各地をまわられるというものだ。正確には一人でなく相棒のナナちゃん、カメラマンの二宮さん、美マネさんも一緒だ。弾き語りとバンド、どちらが好きという問題ではないのだが、大森さんのギターの音とギターを弾く姿が好きなのでツアーでは初めて東京以外の二か所でチケットをおさえた。誤解を招いてはいけないので記しておくと、「大森靖子はやっぱり弾語りだよな」という感情はなく、大森さんを聴くまでライブというものに一度も行ったことがなかった(いや正しくは中学生の時に一度だけ宇多田ヒカルのライブに親同伴で行ったがそれ以外は本当に学祭含めて一度もない)私にとって、スタンディングのライブ自体に慣れていないのかもしれない。バンドは弾語りとは全く別の魅力があるし何度か行くうちに音に乗ったりペンライトを振ることにも慣れてきたがやはりどうしていいかわからない時もあるから体力が続く限りもっと通ってみたいとは思っている。また、大森さんの歌を初めて生で聴いて身体の内側から内臓と血が全部飛び出してしまいそうなくらいの衝撃を受けたのがリリースイベントだったので、特に弾語りに思い入れがあるのかもしれない。
東京以外の二か所のライブについては下記のとおり。ツイッターで感想を書く手段が最適か分からないが、一番鮮度がある気がする。

*別府公演の感想


*大阪公演の感想

MUTEKI弾き語りツアー 大阪公演(2017.12.22) - (続)海の音

大阪公演はずっと行きたかった会場だったこともありとにかくそこにいるのが嬉しかったがそれが年内最後の大森さんのライブだったため、そういう意識と共にライブの美しい光景が脳裏にずっと焼き付いている。

大阪公演が終わってから、実験室にもハイパーカウントダウンにも年始のライブにも行く予定のなかった(行けなかった)私は完全にファイナルモードに切り替わった。年末年始の良い意味でも悪い意味でも飲み込まれるような慌ただしさが過ぎると心は先に中央線に乗って中野に向かってしまった。だからファイナルの前のいくつかの公演の動画や感想はほとんどみていない(未だに何となく観れていない)。松山も須崎も名古屋も死ぬほど行きたくて秋頃から何度もYahoo路線検索でルート確認はしていたけれど。というか全ての会場でそれをしていた。行くつもりになるだけでも嬉しかったから。そんな感じで迎えたファイナル。ライブの前日はこのツアーの意味を考えるなどしてだいぶ昂っていた。

 

 

何が待ち受けているのかわくわくするような、ツアーが終わってしまうのが悲しいような複雑な感情が混ぜこぜになり上記のようなやや暴走気味の思考を巡らせていた。それでも気持ちが溢れて続けたので久々に大森さんに手紙を書いた(当日持って行けなくてまだ渡せていない)。

また、2015年4月26日に中野サンプラザで行われた「ナナちゃんとイくラブラブ洗脳ツアー『最終公演』」に私は行っていない。息子が生まれたばかりで、出産前から休んでいる仕事へ復帰できるのかという不安や保育園入園のことで頭がいっぱいで、大森さんどころか全ての「好き」から一旦距離を置いていた。初めての子育ては予想以上に体力勝負(「24時間営業のブラック企業」と例えた人がいたが本当にそんな感じ)で、食べて寝ることも当たり前にできず、自分の選んだ道だから大変だと声を上げるのも許されない気がして、外の世界から完全に隔離されて激しい孤独感に苛まれていた。それは数年でなくなるから大丈夫と今だから言えるわけだけれども。


ファイナル当日は朝から病院に行ったり準備をしたり何かと慌ただしかったため、前日のように色々なことを考える余裕もなく時間が過ぎた。前物販にも間に合わず、友人にグッズを購入してもらった。好きな人に会うのだから早めに会場付近に到着して開始時間まで美味しいものを食べたりゆったり過ごしたいなといつも思うのだがお決まりのように忙しない。いつも駅まで走っている。そんな感じでぎりぎりに家を出発し、開演30分前に中野駅に到着した。駅に着いたことに安堵した途端、激しい空腹感を覚えた。ちょうど良いことに駅前におやき屋さんがあったのでチーズと餡入のおやきを買い、行儀が悪いがこれを頬張りながらサンプラザまで歩いた。時間が迫っていたのでサンプラザの前にいる人は少なかった。おやきを口に押し込んですっかり暗くなった空を眺めると眩いサンプラザがぽーっと建っていて「おおおお!!きた!!!!」と一人で興奮した。中に入るとかなりいい時間で、ライブ中に席を立つようなことがあってはいけないと御手洗に慌てて駆け込んだ。


ようやく会場に入ると隅々までお客さんがびっしりいる光景に圧倒された。想像以上だった。急いで座席に向かっていると大森さんの声が聞こえて頭が混乱した。もう始まっているのかと動揺したが後から「裏アナ」だったことが分かった。席に着くことに必死だったため残念ながらこのアナウンスはほとんど聞けていない。座席に着いたらステージがあまりに近くて緊張してきた。後ろを振り返ると2階まで人人人。知っている人の顔が見当たらなかったのでそれだけ広い会場なのだなとまた実感した。ドキドキしていたらすぐに会場が暗くなり「わ、ついに始まるぞー」と自分の中の小人達がざわざわした。


他の場所でのツアーのように大森さんがすぐに登場されるかと思っていたら、風が吹き荒れているような嵐のような不思議な音が暗闇から聞こえてきた。弾き語りでこんなのは初めてだったので「これは違うぞ、今日はものすごいものが待っている」と確信した。kitixxxgaiaツアーでSE「カルミナ・ブラーナ」を聴いた時も感情が昂ったがそれとも違った。聞こえてくる音は虚無の中でこれから何かが誕生するような、荒地で誰かが来るのを一人で待っているような音だった。後々考えたら楳図かずおの『14歳』で大統領が地球の果てでチキン・ジョージ博士を待っているシーンに似ているかもしれないと思った。もう自分がサンプラザの座席にいるという意識があまりなかった。真っ暗な宇宙空間に放り出されてたった一人で浮遊しているような感覚だった。寂しいけどこれから強くて優しい人が来て救ってくれる。それは大森靖子さん。


となっていたら、目が暗闇に慣れてきたのもあり、大森さんらしき人の姿が中央に現れてピアノの前に座られたのが何となく見えた。視界はぼんやりしていたが白くて美しかった。あまりにも白かったので最初、kitixxxgaiaツアーの衣装(keisuke kandaの衣装)かなと思った。そのまま最初の曲『M』が始まった。この辺りははっきり記憶していないのだが、確か曲の途中でスポットライトが徐々に点灯して大森さんの姿がはっきり見えるようになった。「あーーーっっ背中!白いのは背中!そして衣装!あああーるるむう!可愛い!美しい!あああー」と心の中で絶叫した。大森さんの肌の綺麗さは言うまでもないが、背中が衣装に見えるほど白く発光していた。ピアノが最初だったのを考慮されて縷縷夢兎の東佳苗さんがこのように背中の美しさを際立たせるドレスを制作されたとすると舞台演出(という言い方も嫌だが)としてはこれ以上ないなと後から考えた。縷縷夢兎の衣装は背中が開いているものが多いが、私服の衣装の時は首元が詰まっていて肌の露出が少ないもの(それはそれでとても好き)が最近多かった印象だったので久しぶりに見る大森さんの背中にものすごくドキドキした。ピアノ弾き語りはこのツアーでは初めて観られたし、生で観るのは幼稚園での演奏を除くと2017年4月の「大森靖子の京都旅行」以来だったのでただその場にいられることが嬉しかった。


照明は最低限で、天から降りてきた一筋の光が大森さんを照らしているような感じだった。会場はまだ暗かったのでピアノを弾いて歌っている大森さんとその背中を見つめている自分しかここにはいないという感じがすごくした。実際には二千人もいるのだからすごい。二千人がそれぞれの宇宙空間に浮かんで発光する大森さんと一対一で対面している、そんな感じだったのかもしれない。もう孤独ではなかった。


ピアノのセットリスト


M
KITTY’S BLUES
夏果て
キラキラ
POSITIVE STRESS
オリオン座


前はそうでもなかった気がするのに最近大森さんのライブに行くと酷く泣いてしまう。日常生活で大きな問題を抱えており、ずっと負の領域に鎖で繋がれているからかもしれない。負に溺れた精神や身体と美しい音をまぐわせてお決まりのように泣いてしまう自分が嫌で、今日はできるだけ泣くのを我慢しようと思っていた。が、無理だった。大森さんが『M』を歌い出すと泣くとか泣かないとか考える前に涙が溢れ出た。昨年映画上映後のサイン会で戸田真琴さんと会った時のことを思い出したり、大森さんと戸田さんがこれまで交わしたであろう会話や手紙が大森さんの後ろに投影されて見えるようだった。真っ暗だからこそ色々なものが見えてそれが自分の中の濁った何かと化学反応を起こし身体の内側から涙として排出された。これはいつもそうなのだが、涙と一緒に血や内臓もあらゆるものが体内から飛び出ていくような感覚もあった。会場のあちこちからすすり泣きが聴こえてきて、時々スマホの撮影ボタンを押す音も聞こえ、この時初めてあぁ他のお客さんもいるという実感が戻ってきた。寂しいけど孤独ではない音だった。


それから大森さんはこちらを振り向くこともなく『KITTY’S BLUES』、『夏果て』、『キラキラ』を歌った。『KITTY’S BLUES』はいつもと違うピアノの音だった。残念なことにピアノを弾けないのではっきりしたことは分からないが、音がいつもより半音(?)下がっているような気がした。確認できていないが、今回のツアーではずっとそうだったのだろうか。もし分かる人がいたら聞いてみたい。それによりいつもより内側に向いた曲に聞こえた。最後の「HELLO 馬鹿女 KITTY」も言い放つような感じでなく、ずぶっと6Bの鉛筆で突き刺すような感じだった。それから『夏果て』。泣いていた。『夏果て』を聴くと世の中に溢れる色々な悲しいニュースを思い出す。真夏のぎらぎらとした外の世界から遮断された暗くて蒸しかえるような部屋。男の気持ち。少女の気持ち。大森さんんはまるで演劇のように一つ一つの歌詞を切り取るように歌われていた。怒りとか哀しみとか憎しみとか愛とか、ねっとり溶けて混ざったものが暗闇の中に見えた。『キラキラ』でもずっと泣いていた。私の「生き甲斐」って何だろうって考えていた。


『キラキラ』が終わると大森さんはスマホに触れ画面を表示させた。それから両手首をぶらぶらと外側に振った。今までにかかった手首の負担をリセットするような、気合を入れるような感じで。何か普段あまりやらない曲をやるのかなと思った。突然鳴り響く『POSITIVE STRESS』の力強く早い伴奏。ああああーと何か考える前にもう泣いていた。あの伴奏を思い出しただけで涙が出る。大森靖子さんはライブの前日、下記のようにツイートされていた。小室哲哉さんの会見を受けてかどうかは分からないが。


私は小室さんの会見をちゃんと観ていないし、会見の元となった行為の正当性については判断できないししたくないが、それが音楽を辞めることに結び付いている(というより結び付けられている)のはどうも理解し難かった。「ぼくら」が大森さんと私達なのか、大森さんと他の音楽家なのかそれは分からないが、音楽あるいは全ての芸術は誰にでも平等に開かれていてそれらを生み出したり受け取る行為は自分以外の誰かに奪われたり邪魔されるものではない、と大森さんは小室さんと同じ芸術を生む側または私達と同じ享受する側両方の立場で憤り悲しんでいるように私は感じ取った。初めてピアノ弾き語りで披露された、また私にとって初めて生で聴いた『POSITIVE STRESS』は前日のツイートのように怒ったり悲しんだりしているような、それでいてまだフィールドに立ち続ける超歌手として音楽に対する意思をはっきり表明するような、もう二度と聴けないであろうものだった。これを今日ここで聴くことができてよかったなと終演後もずっと思っていた。後のMCで大森さんは「小室さんは「私は私よ」という歌詞は自分には書けないとおっしゃってくださったけれどそこは他の歌詞と違って何も考えずに出てきた歌詞だったのでそう言っていただけて嬉しかった」(MCは記憶に基づくので一字一句同じではない)とおっしゃっていた。それを聞くと「私は私よ」という歌詞は「音楽は誰のものでもなく私のものだしあなたたちのものだ」とこれまでやってきた音楽やこれから関わる全ての音楽に対しての大森さんの叫びのように思えた。


それから『オリオン座』。大森さんはこの曲の途中でピアノ演奏を辞めハミングバードを抱えた。『オリオン座』でのピアノからギターへの移動は福岡公演の動画で見た気がした(ピアノから立ち上がる時の大森さんは最高に格好良かった)が、当然動画で観た時と同じ動きではなく、実際に観るとものすごく興奮した。曲の途中でピアノからギターへ移るのを見たのはもしかしたら初めてかもしれない。特にギターを手にしてストラップを背にかけるところ、ストラップがぐるんとまわって背負っていたギターが身体の前に来るところが「戦士」への変身のようだった。たった一人でステージに立ちギター一本で敵に立ち向かう「音楽戦士、超歌手・大森靖子」という感じだった。大森さんも「さぁいくよ」という表情をされているように見えた。だから私も戦隊の一員になった気持ちで姿勢を正した。武器はないけど音はある。敵が何かは人によって違うと思うけれど。大森さんの背景で暗闇に浮かぶ星が綺麗だった。オリオン座を描く大森さんの指先。


ギターに持ち替えてステージ中央に立たれた大森さんは、ツアー中何度か歌われていた『東京と今日』と『死神』を歌われた。この2曲が本当に好きだ。どういうところが好きかここに書くと長くなるので改めてまとめたいと思う。『東京と今日』は東京都とコラボして作られたと聞いている。私が初めて聴いたのは12月22日に千日前ユニバースで行われた大阪公演だった。「東京に住むこと、東京で生きること」について大森さんの視点で広い空に向かって伸びていくように歌われていて本当に好きな曲だ。自分が上京者として東京に住んでいるからこそ感じるものがあるのかもしれない。


『死神』を初めて聴いたのは確か10月の続・実験室だったと記憶している。その時は壁際のソファ席から観ていて、可愛い子が横でカレーを食べていた。始まった時、あれ、知らない曲だなぁと思ったが涙が止まらなくて、「いつか男とか女とか関係なくなるくらいに愛し合おうよ」という歌詞がずっと頭から消えなかった。今回で聴くのは4回目だったが回数を重ねるうちに歌詞がだんだん脳に染みこんで刻まれていくのが分かった。今やリリース前にYou tubeや何かで音楽が無料で聴ける機会が増えたが、歌詞も発表されていないリリース前の曲をこうやって生で何度も聴けるのはとても贅沢だし、曖昧だった歌詞やメロディが自分の五感だけで輪郭を帯びていく感覚がたまらない。意識的にセトリに組んでくださった大森さんに感謝したい。


それから『TOKYO BLACK HOLE』。この『東京と今日』『死神』の後に続く『TOKYO BLACK HOLE』。この曲は仕事復帰をして不安だった時に毎朝一番に聴いて自分に寄り添ってくれた曲だ。「透明な銃放つ自由」のところで大森さんと目が合って笑ってくれた。気のせいかもしれないし他の人に向けた笑顔だったのかもしれないが例えそうであっても自分が目が合ったと思う(思い込む)ことが嬉しい。


ギターのセットリスト(前半)


東京と今日
死神
TOKYO BLACK HOLE
マジックミラー
流星ヘブン
LADY BABY BLUE
みっくしゅじゅーちゅ
<MC>
愛してる.com(いいね)
絶対彼女
剃刀ガール(リクエスト) 
chu chu プリン(リクエスト)


『TOKYO BLACK HOLE』から『マジックミラー』『流星ヘブン』と大森さんとファンの関係について歌う曲が続いた。私は最近ずっと大森さんと自分の関係がどうあるべきかについて考えている。まだ明確な答えは出ていないけど「大森さんが自由に歌い、私はそれをできる限り受け取って生きるためのエネルギーに変換する、それを続けること」が自分がファンとしてできることなのかなとこのツアー中思うようになった。他の会場でどうだったか覚えていないが、『LADY BABY BLUE』と『みっくしゅじゅーちゅ』が続いているのはいいなと思った。やがて消えてしまう「若さ」のひりひりした感じとか瑞々しさとか愛おしさをもっと大事にしておけばよかったと思って苦しくなる。この会場内であの二人も観ているのかなと考えた。『みっくしゅじゅーちゅ』の一番を歌い終えた大森さんは「スカートがずれたのでそれをずり上げてから二番歌いまーす」と明るく言った。おそらく、この日初めて観客に向けて話した。会場から笑い声が聞こえて空気が変わった。こういうところが大森さんらしくていいなぁと思った。ものすごく張りつめた空気と一緒にファミレスにいるような空気を一度に出せる人。「必死に食らいついてきてもいいし笑って聴いてくれてもいいんだよ」と言われているような気持ちになった。その後はMCだったのでこの一言が導入だったのかもしれない。急に高速道路から一般道路に降りてスピード感に戸惑うように突然MCに入るより心の準備が出来易いというか。突然MCになるのももちろん好きだけど。


MCはこの会場規模とは思えないほどいつもの実験室と変わらない感じだった。よく大きな会場だとそれに合わせたMCをする歌手がいる(かもしれない)が、そうではなくちゃんと話したいことを話してくれている感じ。大森さんのトークは聞いているだけで面白いのでずっとにやにやしていた。印象に残っているのはSNSの「いいね」についての話。大森さんは大好きな道重さゆみさんのインスタグラムの投稿には漏れなく「いいね」をしているが気持ちが「いいね」では説明しきれないから「いいね」という軽くも取れるクリック一つで済ませてよいものか悩むというような話だった。私が大森さんの投稿に対して感じていることと同じだった。大森さんのツイートやインスタは全部見ているが「いいね」は押したり押さなかったりしている。毎朝のおはようツイートも何度も読み返したり救われているが「いいね」は押さないこともある。押さないからといって「良い」と思ってないわけでなく、たとえばこの気持ちは「いいね」で済ますには大きすぎると思った時は押さないでいる。それは大森さんに限らず誰の投稿でもそうなのだが、他の人だと深く考え過ぎず素直な気持ちで押せるのに対し、好きな大森さんだとここで「いいね」を押すか押さないかでそれが意思表示に繋がってどう思われるだろうか、大森さんはこの投稿に「いいね」をされることを本当に望んでいるだろうか、ということまでいちいち考えてしまう。実際38万人以上フォロアーのいる大森さんが自分の投稿についた「いいね」を全部チェックされているとは思わないが、あくまで気持ちの問題というか好きな人だからこそ余計なことを考えてしまうのである。そもそも「いいね」という響きが何だか投げやりな感じで嫌なので「共感します」だったらいいのにと個人的には思う。そんなファン側の気持ちに立った発言をしてくださったので嬉しかった。大森さんが道重さゆみさんのオタクだからこそ私達の視点を分かってくださるのを度々感じる。この時のMCを把握されているのか定かでないが、道重さんがその後のインスタグラムの投稿と共に「いいねできるね」とコメントされていてそれを大森さんが私信だと捉えられていたのが可愛かった。


「いいね」の話の後、大森さんはこれから歌う『愛してる.com』の合間に「いいね」という声かけをするようファンに呼びかけた。この「いいね」コールは名古屋公演のセットリストでも見かけたような気がするが初めてだったので楽しかった。観客席から聞こえる「いいね」に一体感がなく声もまばらで、慣れない流行りの歌をカラオケで頑張って歌う会社のおじさん(自分も含めて)という感じでいいなと思った。


その後『絶対彼女』でいつものようにお客さんにソロパートを与えた。「女子」「男子」「ハゲ」「眼鏡」「ヤリマン」「処女」「おまいつ」「初めて来た人」・・色々だった。「ハゲ」パートは二回あったが歌う時にちゃんと帽子を取っている人がいて愛だなと思った。「おまいつ」の意味が分からなくて後で調べたら「お前いつもいるな」というオタク用語だと知った。いつもいる分けではないが気持ちの上ではいつもいるから歌えばよかったな。歌い終わった後(多分)、大森さんは観客に向けて話した。「この曲は女の子の立場に立って作った曲だったけれど、男の子から男の子の曲はないのかと言われた、別の立場の人にも同じように言われる、そうしていくうちに色々な立場に立った歌を作るようになった。だから私の全ての曲に共感して欲しいと思っているわけではない。そんな人いるわけない。今は話すのは人間だけだから人間のことだけ歌っていればいいが将来的に虫が意思を持つようになったら虫の立場に立った歌も歌いたいと思っている。」とやや冗談めかして話された後、虫になりきって高い声で「虫のことも忘れないで~」(記憶が曖昧)と言った。可愛かったしお客さんも喜んでいた。ここで私はまた楳図かずおの『14歳』を思い出した。ラストの近未来かパラレルワールドで鳥が人間のように意思を持って話していた。大森さんは可愛くて話は面白かったがこの言葉はあながち冗談ではなく、もし人間以外のロボットや虫が意思を持って話すようになったら大森さんは本当に曲を作りそうだなと思った。あらゆる人の立場を漏れなく掬い取って曲にして歌う大森さんにこちらはどう応じるか、課題だなと思っている。


ファンに「最近あった嫌なこと」を聞き話したいファンが挙手をして話したり、大森さんがギターの伴奏をしてファンの女の子がマイクで『剃刀ガール』を歌うなどの時間があった。こういうファンとの交流を中野サンプラザのような広い会場でもやるところが大森さんらしいなとまた思った。会場がどこであれ大森さんは自分の音楽を全うする。だけどそれは破天荒という意味ではない。気遣いがすごい。この会場規模で観客がお手洗いに出るタイミングまで心配した歌手は他にいないのではと思う。それから、大森さんは客席まで行きファンの一人と交代で席に座られてリクエストの『chu chu プリン』を歌った。この曲はスターダストのアイドル3B juniorの雨宮かのんさんへの提供曲で私はラジオなどで何度か聴いたことがあったが初めて生で聴いた。サンプラザとは思えないことが起こり続けて最初の暗闇が遠い過去だったかのように今や暖かい空気に包まれていた。このファンとの交流を「馴れ合い」だと感じ着いて行けないと思う人も中にはいるかもしれないし、もしそれが大森さんを偏見視する原因になったら悲しいなとは思うが、音楽の演奏というものは本来聴き手あってのものだと思うし、ツイッターのDMを解放されるなど大森さんはファンとの距離感を何より大切にされている。この辺りは言葉で説明するのが難しい。


ここまででナナちゃんのことを書くのを忘れていたことに気付いた。ナナちゃんは大森さんの相棒の白いクマのぬいぐるみで、相川七瀬の「七」が名前の由来だ。大森さんのライブにはほとんど同行し出演している。ナナちゃんには熱狂的なファンがいて、ナナオタやナナ担と呼ばれている。グッズや大森さんのイラストに度々描かれ大森さんの相棒かつシンボル的存在となっている。なぜ今解説し始めたのか自分でも分からないが、ナナちゃんについて語るのは簡単でないと思っているので、卒論が書けそうなくらい持論はあるがこれ以上は辞めておく。とにかくナナちゃんは今回のMUTEKIツアー全てに同行し、その可愛さでファンを喜ばせた。このツアーはライブ中の写真撮影は禁止だったがライブ前後に会場を撮るのは禁止されていなかったので、若い女の子を中心にナナちゃんの写真を撮ろうとしている人をたくさん見かけたし若い女の子ではないが私も撮った。それをどこかにアップするかどうかに関わらず、私はナナちゃんを撮ることがどうやら好きらしいとある時気が付いた。その時々によって体勢が違うし、同じ体勢でも見る角度や光や影の具合によって表情が全く異なる。撮った写真を後から見返すと、ナナちゃんの表情には大森さんの心情が反映されているような気がする。ナナちゃんはぬいぐるみなので動かないと思っている人がいたら福岡公演の動画を観て欲しい。ナナちゃんは大森さんと同様に縷縷夢兎の東さんによる衣装を着ているが、今回のサンプラザ公演でこれまで着ていたものから新しいものへ衣装が変わった。細部の変化を除くと、洋服ごと着替えたのはおそらく今回が初めてだと思う。MCの途中だったと思うが途中でナナちゃんが舞台袖から消えてまた出てきたと思ったら新しい衣装に変わっていた。前よりも濃いピンクの、肩の部分が印象的な衣装だった。衣装替えに一瞬戸惑ったが大森さんとの歴史を刻んできたナナちゃんは新しいピンクを纏って誇らしげな澄んだ表情でホールを見渡していた。


MCやファンとの交流タイムを経て、後半(という区切りはないが私が思っただけ)へ。大森さんが話す声をたくさん聴いて心地よくなっていた暖かい空気がここでまたがらっと変わった。でも今度は冷たくなく、熱くて強い空気だった。『アナログシンコペーション』はアルバム『kitixxxgaia』の最後の曲だが、人と人がコミュニケーションを取ることの難しさについてこれほど共感できる歌は他にないと個人的に思っている。実際に仕事やプライベートで誰かとうまく折り合わない度に何度も縋るように聴いた。歌い出しの「このステージ」とはああこのステージだなと色々考えた。


ここでもう一つ記していないことがあって、それは青柳カヲルさんによる舞台美術だ。ギター弾き語りになった時から大森さんの後ろに何か絵があるぞと気付いた(開演の時はぎりぎりに着席したので全然気付かなかった)。それがライトアップされた時、青柳さんの絵だと一目で感じた。円形の何かが大森さんの後ろにかかった大きなタペストリーに描かれていた。精密機械のようで、夜の大都会のようで、花火のようで、臓器のようだった。何とは一見で断言できるものではなく、見た瞬間、わぁすごい感動というよりは思考が停止してあらゆる気がそこへ吸い寄せられていくような絵だった。口を開けて私はそれを眺めた。歌っている大森さんも観たいし絵も観たいしで眼や神経が忙しかった。それが『音楽を捨てよ、そして音楽へ』の「抽象的なミュージック止めて」でぱっと発光して違う絵に変わった瞬間、寒気がした。後に大森さんの説明で「魔法陣」であると知ったが、見たときは何に変わったか判断できなかった。曼荼羅のような万華鏡のような宮殿のような宇宙のような、何か壮大なもののようにその時は感じた。この作品については正直まだ分からないことが多いので、もしもう一度観られる機会があれば嬉しいし、直接見るのとは受け取るものが違うかもしれないが画像を拡大して一つ一つ描かれている線を観察していきたい。オリオン座のCDジャケットの時もグッズの意識高いTやランドマップの時も、青柳さんの作品を線の単位でじっと眺めて自分だけ(だと思い込んでいる)の秘密を発見してそっと胸にしまっておくのが好きだ。


ギターの前半は、住むことや働くこと、大人になること、人との関係など、何となく個々人に従属する感情や思想について歌った曲が多かった気がするし「大森さんと私だけ」という気持ちで聴いていたが、絵が変わった後、『音楽を捨てよ、そして音楽へ』から、大森さんの歌う世界はそれまでの個々のものからぶわっと拡張され「音楽とは芸術とは何か」というテーマを観客に投げかけ始めたように感じた。


セットリスト(後半~終)
アナログシンコペーション
音楽を捨てよ、そして音楽へ
SHINPIN
サイレントマジョリティ
ワンダフルワールドエンド
最終公演
PINK
魔法が使えないなら
<アンコール>
お茶碗
ミッドナイト清純異性交遊

 

『音楽を捨てよ、そして音楽へ』は私が初めて聴いた大森さんのアルバム『魔法が使えないなら死にたい』に収録されていて、始めてCDで聴いた時はこんな曲が世の中に存在したのか、と混乱した。前述のように、それまで音楽から遠いところで生きてきた私を音楽の世界に初めて呼んでくれた曲。大森さんを好きな人が邦楽や洋楽色々な音楽に詳しいのをよく見聞きするが、周りが呆れるくらい私は音楽を知らなかったし今も知らない。長くなるので割愛するがあるトラウマがあり、音楽を日常的に聴いたりライブに行った経験が全くなかったしCDを買うこともほとんどなかった。音楽が嫌いだったわけではなく、聴いても何も感じなかった。昔の歌手は何人か聴いたが今の時代に生きている人でこの人が好きという人がいなかった(モーニング娘。は9期をきっかけに唯一好きになったがこの人という一人を追うことはなかったしライブにも行けなかった)。音楽番組を観てもわくわくしなかった。そんな私を家族や恋人は音楽に興味がないなんておかしい変だと言った。それを変えたのが大森靖子さんだった。『音楽を捨てよ、そして音楽へ』の「邦楽洋楽夢のよう」という歌詞を聴いた時、そうだな邦楽も洋楽も自分にとっては夢の世界で作られているようだったな解釈した。この曲はもしかして音楽を否定して肯定しているのか、なんだろうこの曲は、なんだろうこの人は、もしかすると私が信じてきたものと違う音楽が存在するのかな、と音楽に対する価値観がぐらぐら揺らぎ始めた。それで3年前、ずっと閉ざされていた扉をこじ開けて、この曲を歌う人に着いて行ってみようかなと思った。途中で着いて行けなかったらその時は辞めようと思った。それからライブへ足を運ぶのにはまた時間がかかるわけだが。そんな風に大森さんとの出会いのことを考えて気が遠くなっていたので『音楽を捨てよ、そして音楽へ』の後は確かにちゃんと聴いてはいたが何を感じたかよく覚えていない。大変失礼な話だが、記録なので正直に書いておく。


『ワンダフルワールドエンド』の途中ではっと意識が戻ってそれと同時に動画を撮らなくてはという衝動が突然湧き、スマホを起動し撮影開始のボタンを押した。タイミングを全く意識しなかったが後で見たら『ワンダフルワールドエンド』の終りかけという妙なタイミングで撮影開始していた。それで『最終公演』の伴奏が始まった。ずっと聴きたい曲だったし大阪でも大分でも聴かなかったからドキリとした(ツアー中一度も歌われていなかったことを後で知った)。大森さんが曲の順番を予め決めていたか分からないが『ワンダフルワールドエンド』から『最終公演』の流れの、ギターの音がとてもよかった。どうよかったか説明する知識が私にはないのだが、すっと水が流れるように移った感じだった。それから、大森さんが小さな声で「最終公演」と曲名を言い放った時のカッコよさはこの日一番だったと私は思っている。その一言で「今日がツアーの最後なんだな」と改めて感じた。


『PINK』の台詞部分がいつもと違うように感じた。残念ながら一字一句書き起こせないが、大森さんが今の胸の中にあるものを客席一人一人に向けて吐血あるいは嘔吐しているような感じだった。私はその返り血を浴びた。浴びていると、このライブ中というかツアー中に自分の身体から抜けて出て行ったものが戻って来るような感覚がじわじわしてきた。でもそれは出た時と同じ温度ではなかった。曖昧な表現で分かりにくいが、一度大森さんの中に潜って体内清浄された感じというか。もちろんまだ汚いところは残っているけど部分的に洗われていたり粘土のように捏ね直されたような。名古屋公演でも台詞部分が音源とは違ったようだけどきっと同じではないだろう。『PINK』はアルバム『MUTEKI』に入れてほしかったが入っていなかった。この曲に関してはライブでやりたい(推測)など大森さんが考えていることがあるのかもしれない。だから私は変化する『PINK』を可能な限り自分の足を運んで聴き続けたい。


『魔法が使えないなら』で「音楽とは何だろう」と魔法陣を見つめながらぐるぐる頭を巡らせていた。曲が終わると真っ暗になったが終わったという実感が全くなく拍手ができなかった。周りもそんな感じだったのか拍手の音が聞こえなかった。すると大森さんが自分で曲が終わってからあまり間を置かずに「アンコール!アンコール!」と言ったため、やっと終わりだったことに気付いた。すぐに明るくなり大森さんが「ペンライトを使いたいのでこの曲を」と言い始まった『ミッドナイト清純異性交遊』。前の方だったので無数のピンク色の光が会場中に浮かぶ光景は見られなかったが後方から観たらきっと美しかっただろうなと自分や周りのピンク色を眺めて感じていた。


最後はおなじみの一斉リクエストの後、二宮さんのリクエストで『お茶碗』。このやり取りは別府でも大阪でも見たが、本当に好きな光景で何度でも観たい。大森さんと二宮さんの信頼関係や大森さんの二宮さんへの愛を想像して心がぎゅっと絞られるような気持ちになる。座席の位置的に、開始からずっとステージの下で二宮さんが大森さんを撮影する様子が目に入っていた。二宮さんの普段のぼんやりした(失礼)感じとは違ってそのカメラの構え方はミリ単位で調整されているように感じた。当たり前だがプロだなと思った。観客席に私がいて、ステージの下に二宮さんがいて、スタッフさんがいて、ステージ上に大森さんがいて、ナナちゃんがいて、その後ろに魔法陣があって、その後ろに音楽そのものがあって、あらゆるものが結集して大森靖子という一人の人になっている感じだった。その一人と私が向き合っている。

 

終演して大森さんがステージから去った後、私はスマホを握りしめて新衣装を召したナナちゃんのところへ走って行った。普段ライブ後はしばらくぼーっと座ったままでいることが多いのでよく動いたなと自分でも思っている。それも何かが体内に回帰したからかもしれない。近くで見るナナちゃんは迫力があり、魔法陣を背負って近未来からきた救世主という感じだった。床の魔法陣にその時初めて気が付いた。何枚か写真を撮り、もっと見つめていたかったがナナちゃんは人気があるから他の人の邪魔になってはいけないと急いで退散した。


荷物をまとめた後、恐らく見切れるからという理由でチケット番号が与えられず空席にされていた前方右側の座席が縷縷夢兎の臓物やぬいぐるみで飾られているのを見学した。生で見たのは初めてだったので、これがあの臓物かと感動した。写真が上手く撮れそうになかったので出来る限り目に焼き付けた。大森さんの身体から飛び出た吐瀉物(臓物やぬいぐるみ)が座席に零れてかかっているような気がした。私はその一部を食べてまた明日から生きるんだなと思った。訳が分からないし的確な表現と言えないかもしれないがあくまで個人的な感覚の話である。


会場を出たらこの日会いたいと思っていた数人に偶然会うことができ、この会場規模でも会いたいと思えば会えるものだなぁとしみじみ考えて嬉しくなった(会えなかった人もいるけど)。ロビーのお花を見学した後、チケットを最初に見せた場所でチラシを受け取った。次のツアーの案内だった。ツアーの場所を見た瞬間、個人的な理由で取り乱して一瞬ライブの記憶が飛んだ。夢が現実になる予告がそこに書かれていた。周りにいた人には迷惑をかけただろうなと反省している。その嬉しさは自分だけのものだからそっと包み込むべきなのに抑えきれず撒き散らてしまってすみません、の気持ち。


寒さに耐えられず次のツアー最速先行チケットの購入列から離脱した後、名残り惜しくも会場を後にした。このファイナルだけ3年前私に大森さんを教えてくれた人と連番だった。打ち上げをする予定をしていなくて、お酒を飲まない人だったしそういうの嫌かなと思っていたから、一人でどこかで飲んで帰ろうかなと思っていたところ何となく付き合ってくれることになった。嬉しかった。中野の焼鳥屋に入って(私だけ飲んで)、キャベツを齧りながらライブの感想を言い合ったり、次のツアータイトル「COCOROM」の意味について議論したり、曲について話してから電車に乗って帰宅した。家に着いてから3時間くらいコートもマフラーも脱げなくて、外にいた時の恰好のまま床に座って放心したり思い立ったように感想をメモしたりした。そうだ久しぶりに大森さんにDMしようと思い打っていたら寝落ちして、起きてお風呂に入ってからまた床に座ったまま限定グッズを眺めたりした。あっという間に明け方になったのでとりあえず眠ろうと思って布団に入った。息子がすやすや寝ていた。暖かかった。


次の日もその次の日もライブの記憶に埋もれつつ日常をやり過ごし、ぱらぱらと他の人の感想を読んだりした。長文の感想はなるべく読まないようにした。それから一週間以上かけて少しずつこの文を書いた。まとまった時間が取れず途切れ途切れに書いたので、打ち込む度に気持ちが変わってその度に書き直した。そんな中、「chu chu プリン」をリクエストされた方がお亡くなりになったと知った。面識はなかったが何となく姿はお見かけしたことはあった。昨年東海ラジオのリアタイをしていた時に「いいね」をし合った、それが唯一の私のその方との接点かもしれない。それくらいしかないけど、自分がもしこの方だったら、と過剰なくらい自分に当てはめて考えた。それでこの感想を綴るのも止まってしまった。書けなくなった。代わりなのかは分からないが何かを埋めるように普段に比べて頻繁にツイートをした。


感情がぐちゃぐちゃの中、あるきっかけがあり、やはりこの感想を最後まで完成させなければならないという気持ちになった。誰かのためにではなく自分で後で見返すために。亡くなった方がなぜあの場であの曲をリクエストしたのか知りたいと思い恥ずかしながらちゃんと聴いたことのなかった「chu chu プリン」をダウンロード(苦手だけど本気出してやった)して聴いた。美しい曲だった。何度も繰り返して歌詞を書き起こした。歌詞を読んだ。どんな方だったんだろうなと考えた。どんな天気が好きでどんな色が好きだったんだろうとか、大森さん以外のことも考えた。これから知ることはないが、今生きている自分はこれからもっと本気で生きようと思った。「本気で生きる」とは曖昧で無責任な言い方だが、楽しいことも面倒なことも今頭に思い浮んでいる願望やこうしたいという目標をちゃんと自分の手で形にしていこうと思った。大森さんのライブに行くこともその一つである。できるかどうかは別として、真っ直ぐ進めるかどうかは別として、意思を持つことにしようと決めた。


今、冷蔵庫には給食の献立の横にCOCOROMツアーのチラシが貼ってある。裏に魔法陣が描いてあることに数日前に気が付いた。魔法陣の下に「NO MUSIC NO MAGIC NO MUTEKI」と書いてある。コンマはないけどそれぞれ改行されているので、タワレコの「NO MUSIC NO LIFE」と同じように考えると、’If there is no MUSIC, there is no MAGIC nor MUTEKI.’即ち「音楽がない魔法やMIUTEKIなんてない」あるいは、MAGICとMUTEKIが並列でなければ「音楽がない魔法なんてないし、魔法がないMUTEKIなんてない」という意味なのかなと考えた。そもそも一つの文でなく、NO~が独立している可能性もあるが音楽がないと魔法も起こらないし何も始まらないんだよという意味に捉えた。また、「魔法」と「MUTEKI」がアルバムタイトルを指しているとすると「音楽」つまり「音を生む」という概念がないとアルバムを作ってライブをすることもないんだよ、という風にも取れた。


MCで「ここにいる人は笑うのが苦手な人達」と言ってくれたのが嬉しかった。うまく笑えなくても朝が来て夜が来る。冬が終わるとやがて春が来る。私の日常はまだ続くし、大森さんの音楽もまだ続く。

『勝手にふるえてろ』をみて勝手にふるえて感じたこと

年末から観たいと思っていた映画『勝手にふるえてろ』を正月明けにようやく鑑賞することができた。都心で平日朝イチの上映だったが思ったより人が入っていた。内容的に若い人が多いかと思いきや白髪の男性もいて幅広い年齢の客層だった。ネタバレもあり得るのでこれから観る方で何も知りたくないという方はどうか読まないでいただきたい。

勝手にふるえてろ』は綿矢りさの同名小説を大九明子監督が映画化した作品。綿矢りさの小説は全部読んだわけではないが、人が人に関わる時のどうしようもなさが少し距離を置いた目線から描かれているのが好きだ。ウィキペディアによると、『勝手にふるえてろ』の初掲載は『文藝界』2010年8月号なので、この度十年近くの時を経て映画化されたということになる。大九監督が脚本を書くにあたり綿矢さんは特に細かい指示をされなかったそうなので確かに原作と映画で異なる点も見受けられる。ただ、原作のある映画がそれを忠実に再現すれば良い作品になるとは言い難く、原作は原作、映画は映画としてそれぞれ評価されるべきだと思っている。なので原作との違いがどうこうとあまり言いたくないが、一つだけ挙げると、絶え間ない一人語りで読者を少し突き放しているように感じた主人公ヨシカが実際に服を着て言葉を発しスクリーン上で生きて動いている姿は愛おしく、原作にはなかった親近感を覚えた。それはイチや二など他の登場人物にも言えるかもしれない。また、原作のぱーっと物語が展開していく疾走感(他の綿谷作品と比べて読み易く感じた)は映画でも踏襲されていた。一つだけと言っておきながらもう一つ上げると、原作で主人公は池袋に勤務しており、池袋のアニメイトなど具体的な場所が登場するのだが、映画では舞台は都内だと思うがどこかは不明で池袋という印象は全く感じられなかった。全国の観客が受け入れ易いように、あるいは現実感を薄めるためにこの設定を外したのかもしれないが、個人的には池袋の乙女ロードとかアニメイトが出てきて欲しかったなぁという気持ち。

あらすじは下記公式サイトのとおり。
http://furuetero-movie.com/intro_story/

簡潔に言うと24歳のOLヨシカがイチと二、二人の男の間で悶々とするというストーリー。と書くとなんだ、ありきたりな恋愛コメディかと思われるかもしれないがそう単純なものではないので、気になる方はとりあえず作品を観るか原作を読んで欲しい。ヨシカはイチに中学時代から片想いしていたがほとんど接触したことがなく、二は同じ会社の営業マンでヨシカに一方的に好意を抱いている。もうこの設定だけで、ああああぁぁぁっとなる(もちろん、ならない人もいると思うが)。

恋愛とは難しいもので、好きになった人が自分を好きになるとは限らない。また好きな人に会わないでいるうちに「好きな人」は実像から遠ざかり妄想や理想で肉付けされた別人となっていく。少ない接触経験や会話を雛のように温めて大事に育てあれやこれや時に自分の都合の良いように記憶を改竄というか捏造して色付けする。いつでも脳内に「召喚」して愛でることができる。できるけれど保温し続けたご飯が美味しくなくなるように、脳内での保温期間を経て再会した相手が「好きな人」と一致しないということが当然起こり得る。このような経験がある人とない人、なくても共感できる人と全くできない人でこの映画への見方は大きく変わる気がする。

私はどちらかと言うと、好きな人と結ばれた経験がほとんどなくあっても悲しい結末を迎えているので序盤からヨシカに心を重ねて観てしまっていた。ヨシカの得意とする、好きな相手を直視しないで視界の隅に捉える「視野見」は私も小学生くらいからやっていた。小学校の時、クラスでほとんど話したこともないのに好きだったRくん(仮)のことを今でも思い出す。Rくんは学年が終わる時、遠くの街へ転校した。最後の日にクラス一人ずつRくんに手紙を書いて渡しましょうと先生が企画したため、私は手紙にその想いをしたためようとした。実家の食卓で震えながら手紙を書いたのを覚えている。結局「好き」という文字を書くことができず、適当な文言の途中に「好きです」と吹き出しがついた猫のキャラクターシールを貼った。そんなことしたら余計目立つのに何故。告白らしきことをしたのは人生それが最初で最後かもしれない。笑顔で手紙を受け取ったRくんが手紙を読んだかどうか分からないがその次の年にRくんから年賀状が届いた。当たり障りのない内容だったし他の生徒にも届いた可能性が高いがRくんは手紙を読んでこれを書いたに違いないと勝手に解釈してずっとその年賀状を大事にしてきた。結局年賀状は上京後に部屋を掃除した家族に捨てられてしまったが、Rくんが友達と話していた時の顔(視野見で確認)や最後手紙を受け取る時に立っていた情景は今でもずっと忘れられない。背が高くて、小学生なのに大人のような落ち着きがあり、飄々としていて、他の男子のように暴れたりせず、何を考えているかはっきり分からないが優しい瞳をしていた(はず、彩色されている可能性もある)。今は便利な世の中になったもので、やろう思えばヨシカのように同窓会を開いたり、ネットで本人を探し当てることができる。が、私は卒業アルバムを開くことさえしない。名前はわかるが今すぐ会いたいと思わない。やったこともないフェイスブックに実名で登録して本人に辿り着くのが怖い。承認して欲しくはない。脳内にいてくれればそれでいい。その点ではヨシカは私より行動力がある。

この映画の最大の魅力は松岡茉優に尽きると個人的に思っている。松岡茉優が演技している時の表情が好きだ。美人だがやや男性的な顔立ちをされていて、一見元気で明るいのにどこか憂いある表情をされる。ヨシカを別の女優さんが演じていたらこれほど感情移入できていなかったかもしれない。松岡さんのことは朝ドラ『あまちゃん』で初めて知った。アイドルグループGMTのリーダー役でネギ(埼玉出身という設定だったから)をイメージした衣装を着ていた覚えがある。気が強くてハキハキしていて、でもなんだかウェットな部分もあって応援したくなるキャラクターだった。どうせドラマでしょうと思わせない街角で出会えそうな親しみを感じさせることのできる女優さんだなと思った。素朴といったら語弊があるが、なんというか心の根元に違和感なくすっと寄り添う感じ。だから駅で見かける「いくぜ東北」のポスターに彼女がいると妙な安心感がある。

ヨシカがとにかく可愛い。イチとの思い出を回想するヨシカ、二にイラつくヨシカ、アンモナイトを撫でるヨシカ、好きな音楽を聴きながら皿洗いをするヨシカ、目を細めるヨシカ、反復横跳びをするヨシカ、暴言を吐くヨシカ、一挙一動全部愛おしかった。彼女が動き、話すだけで「がんばってーー」とヨシカを見守る街の人になった気持ちで応援していた。私が出来なかったことがテンポよく進められていくのを眺めるのはとても気持ちのよかった。

二はイチと違って現実の人だ。願ってもないのに頻繁に出会うし(同じ会社とはいえ会い過ぎ?そこは映画なので仕方ない)、強引にライン交換してくるし、行きたくないデートに誘うしどんどんヨシカの領域に土足で踏み込んでくる。原作では主人公の一人称で語られることもあり、二はかなりイラッとする人物に感じ取れたが、映画では黒猫チェルシーのボーカル渡辺大和が演じていることで憎めないような愛らしさが加味されていた。渡辺大和の演技はみうらじゅん原作の映画『色即ぜねれいしょん』でしか観たことがないが、全力で動いたり大きい声を出すことに対する厭らしさみたいなのが全くない人だなと思っていた。それが私には余計苦しかった。どこまでも嫌味で腹立つ奴が寄って来たら構わずイチとの脳内恋愛に没頭できるが、あの笑顔、あの爽快さで来られるとうっとなる。ちょっと待って一回整理させて欲しい、となる。あと、個人的な話だが私は渡辺さんと同郷なので変にシンパシーを感じてしまう。

ヨシカはなぜイチに会う必要があったのだろうか。そもそもヨシカはイチとの脳内恋愛を終わらせる覚悟があったのか、なかったのか。原作でも映画でも、二が現れてどうしていいか分からないからイチに会うという展開になっていて現実逃避のような感じもしたけど、後で考えるとヨシカは二とこれ以上関係を続けるには現実のイチに会い脳内のイチを抹殺するべきだとどこかで思っていたのかもしれない。ディズニー映画だったら王子様が現れてヒロインを救ってくれるがそんな王子様は待っていても来ない。二は見方によっては王子様かもしれないが二にそんな能力はない。自ら切腹して守ってきた世界を終わらせないといけない。それには痛みが付きまとうし致命傷を負い兼ねない。常に頭をフル回転させるヨシカがそうなることを全く想定していなかったとは考え難い。

ヨシカは二に告白された時点で誰ともまだ付き合ったことがなかった。だから「処女性」も守られてきたことの一つである。ヨシカの中では「処女<非処女」という構図があるようで、二に対しては処女であることを頑なに隠して優位に立とうとしていたし、同僚の来留美は昼寝姿から男へのアプローチ方法まで、ヨシカがなれない女としてやや妬みを込めて描かれている。そういえば『色即ぜねれいしょん』での渡辺大知の役どころ(原作が私小説なので若い頃のみうらじゅん)も童貞(MJ風に言うとDT)だった。処女と童貞では全く違う種類のカタルシスがあるはずだと私は信じているが、主人公がわーっと走り抜けていくような疾走感は両作品とも共通している気がする。

イチと再会した後、ヨシカを覆っていた膜はどろどろに溶け、観客は初めてヨシカの生きる現実を種明かし的に知る。それはあの歌のシーンに凝縮されている。あの場面が私は映画の中で一番好きだ。突然のミュージカル調に正直戸惑ったし歌以外の表現方法もあったかもしれないが、あそこは歌でよかったなぁと思う。ディズニー映画でも感情の転換を表す際に決まって歌が挿入される。監督がそのある意味ベタな方法をあえて使ったことで、あのひりひりとした痛みや喪失感が歌い踊る主人公の微かな可笑みと混ざって輪郭を極め、ずどーんと観ている者の胸に真正面から突き刺さってくる。痛い。その大きく開いた傷口から色んなものが入り込んできて連鎖反応のように仕事への気力も失う。私だったらワンカップ一杯では済まないだろう。そしてあのラストシーンへと繋がる。

結果としてヨシカは自分で自分を守ってきたシールドを溶かしてしまう必要があったのか私には分からない。あのラストシーンをハッピーエンドあるいは希望と捉える人もいるかもしれないが、私はヨシカに置き去りにされたような寂しさを少しだけ覚えた。ここからは私の想像だが、ヨシカがこれから二と一緒に過ごしていくうちに、イチの思い出を一切合財記憶から消却して、イチと一緒に盛り上がったウィキペディアで調べた絶滅動物から興味を失ったり、届いた時あんなに喜んでいたアンモナイトが棚の上に放置され埃を被ったら悲しい。ヨシカがネット通販でしか買えない(という設定だと後で知った)ゆえにアンバランスにコーディネートされた絶妙に可愛い服装が完璧なモテコーデになってしまったら悲しい。好きなアニメや音楽のことを忘れてしまったら悲しい。「ファック!!」って言わなくなったら悲しい。などなど彼女がこれまで大事にしてきたものがなかったことにされたり、彼女を無意識のうちに可愛くしていた要素が色褪せていくことを私は一人で勝手に恐れている。この先どうなるか分からないしヨシカの性格上すぐに変わることはないだろうがつい悪い方向に考えてしまう。そのままでいてくれなんて、アイドルの少女性に拘って一生そのまま変わらないでいてくれと切望する迷惑なオタクみたいだなと自分でも思うが、ヨシカが生きにくさと引き換えにして守ってきた大切を遠ざけてもいいけど心の奥に仕舞って時々でいいから取り出したり召喚して愛でて欲しい。

思い出しただけで動悸のするような過去や歴史をミイラのように蓋付きの箱に閉じ込めておく資格が誰にだってあるはずし、本人がそうしたいなら一生抱えて生きていてもいいのでは、それと現実で起こる事象は別物なのでは、と信じている。ヨシカがこの先どうなるのかなという気持ちを抱えたまま二(役の渡辺大知)が歌うエンディング曲を聴いて余計胸がざわざわしたので、急いで映画館を出て隣にあった店に駆け込んでビールを一気飲みした。数日経ってからパンフレットやネット上にある色々な感想やレビューを読んだ。結末があれでよかったのか未だに分からないが、ヨシカよりも云年多く生きた立場としては、ヨシカと二がこれから付き合っていくなら二はヨシカが切腹して失ったものも一緒に掻き集めてそっと体内に戻しつつヨシカを愛してくれたら嬉しいなと思った。

 

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観終った直後にメモした好きなシーン

*ヨシカがイチに会いに行くときの恰好
首元にスカーフ、足元は白タイツとヒールでお洒落してるのが可愛い。この格好をした写真がパンフレットの表紙にも使われていて、後で見ると酒が入っていると思わしき北野エース(伊勢丹でなく北野エース、ここ肝心)の縦長の紙袋持ってるし、ヨシカ~がんばった~ううう~と愛おしさ爆発。個人的にヨシカの他の服装も全部好みだった。家にいる時の恰好も可愛かった。

*イチが白ニットを着ているところ
厳しいことを言い放つのに無垢な感じの白を纏っているその差がヨシカの脳内と現実のイチとのギャップのようで苦しくもいい表現だなと思った。

*二の車のキーにお守りがついているところ
こういう細かい部分まで人物設定されているのがいいなぁと思った。二、めちゃくちゃ鍵にお守り付けてそうだし。

*『あまちゃん』っぽい音楽
これは気のせいかもしれないけど一箇所そういう音が流れたところがあって、もしオマージュなら『あまちゃん』ファンとしては嬉しい。

*ヨシカが二から逃げる時に靴の踵を履き直してからダッシュするところ
松岡茉優はなぜこんなに走る演技が上手いのだろうか。惚れ惚れした。あの公園もいい。

*話しているヨシカが現在と過去で交差しているところ
こういう手法を何と呼ぶのか詳しいことは分からないが同一人物が時間を行き来しながら語り続けるのが面白いなぁと思った。

無題

二十三年前のあの日  何が起こったか理解できなかった  世界の終わりが来たのかなと思った  暗くて寒かった  やがて朝日が差し込んだ  死ななかった  けど死んだ者もいた  割れた水槽の側で名前を知らない誰かに黙祷を捧げた  バスや車が玩具みたいに転がっていた  家は鮮やかな色で燃え尽きて消えた  亡くなった人の分も頑張って生きようとは誰も言わなかった  生き残った者は水と食料と暖を求めることに必死だった  授業の行われていない校庭で大人も子どもも水を求めて列をなす  お笑い倶楽部のMくんがいた  表情はない  何を食べたか覚えていない  押し寄せる灰色の顔をした親戚たち  可哀相な人の仮面  我々家族を嫌っていたはずなのに  厚顔無恥  傲慢 偽善 憎悪  母は泣いていた  父は怒っていた  テレビがついた  みたくなかった  従姉がみたがった  ごっつええ感じを初めてみた  浜ちゃんが笑っていた  あれから死は朝起きてお茶を飲んで眠ることと同じ  悲痛でも悲劇でもなく  あの時死なずに生きることに絶望している者  あの時死んで生きることに絶望することさえない者  世界はまだ終わっていない  世界はまだ

ゴミ袋のアリス

あれは小2の図工の時間だった。まだ図工の先生に教えてもらう前の学年だったからいつもの教室だった。ニシイ先生という担任の先生がいた。家庭から持ってきたゴミ袋や紙袋で班ごとにテーマを決めて衣装を作って完成したらそれぞれ発表しましょう、という授業だった。自分の班が何のテーマだったか忘れたが私は意気揚々とデパートの紙袋やその他色々でロボットの衣装を作った。今で言うガラピコみたいな。けっこういい感じのが出来たと思った。隣の班も完成したらしくその中のクラスの花形みたいな女の子が青いゴミ袋でできた「不思議の国のアリス」でアリスが着ているようなワンピースを着ていた。紙袋を解体して作ったエプロンもちゃんとついていてパフスリーブ袖で。とにかく上手で可愛かった。明るくて人気のあるその女の子は勝ち誇ったように笑っていた。周囲も先生もすごいすごいと言った。途端に自分のロボットが全く可愛くなくみすぼらしく思えてきて、着ていた紙袋の衣装を全部破り捨てた。そして机に突っ伏して泣いた。先生はどうして私が泣いているのか分からず困惑していた。こんなにすてきにできたのに、と確か言っていた。私だってアリスになりたかった。でもなれなかった。なれるのは道化のロボット。それから何十年経ってもあの時の何に対するか分からない悔しさややるせなさがずっと頭に残っている。あの子は今どうしているだろうか。ゴミ袋でできたワンピースのことを覚えているだろうか。